- Vol.06 タイでのホームステイ!2007/07/02
初めまして。4月からボランティアスタッフとしてバーンロムサイで働いている今井です。

高校生の時、ウボンラチャターニ県というタイの東北、ラオスとの国境の街で1年間交換留学生としてホームステイしていました。それから日本に戻り大学を卒 業して働いていましたが、約10年ぶりに大好きなタイに再び戻ってきました。今回、留学時代の食事にまつわるお話をしたいと思います。

ウボンでの最初のホストファミリーは色々な商売をしている大きなお家でした。中国系の家庭ではよくあるのですが、一族がみんな一緒に暮らしていて、家長の ものすごく貫禄のあるおばあちゃん(みんな中国語で“アマー”と呼んでいました。)とその子どもたち3家族、そしてお手伝いさんなど、総勢20人以上が一 つ屋根の下に住んでいました。ご飯の時間、といっても家族揃って「いただきます!」という食べ方ではなく、台所に大きな中華料理屋さんにあるようなターン テーブルが2つあり、各々都合のいい時に来て食べます。大人のテーブルと子どものテーブルがあり、食事の時は大人の世界、子どもの世界がしっかり分けられ ていました。高校生の私はいつも子どものテーブルで食べていました。人が出たり入ったり、子どもたちは大騒ぎ、テーブルはグルグル回っているし…、最初は なんだか落ち着かず慣れませんでした。けれども、とにかく人がたくさんいて、突然の来客も多いお家なので、これならいつ誰がきても大丈夫です。すぐに一緒 にご飯が食べれるように対応できて、とてもこの家族に合った方法だということが分かりました。
2軒目のホストファミリーは、ホストファザー、マザー、生まれたばかりの赤ちゃんの小さな家族でした。そして、このお家には台所もご飯を食べる部屋もあり ませんでした!ベランダにちょっとした流しがあるだけ。これも、タイの家庭ではよくある形なのですが、家ではご飯をつくらず市場で買ってきたり、屋台で食 べたりするのです。市場で買ってきたお惣菜などはすべてビニールの袋に入れてもらえます。それを家に帰ってお皿に入れ、床に新聞紙をひいて、その上で食べ るのです。これには最初とてもとまどいました。小さな机はあるのに、それを使わずなぜか床に座って新聞紙の上でご飯を食べるのです。ご飯が終わると残した ものをその新聞紙にくるんでまとめ捨てて、おしまい。最初は、もったいない、明日食べればいいのに、なんで食べ物を大切にしないんだろう?と思いましたが 蒸し暑い国なのでその時食べられなかったものはすぐに捨ててしまうのです。また机の上を拭いたりする手間も省けるし、この食べ方もここには合っているんだ なぁと分かってからは、“新聞ご飯”も楽しく感じられるようになりました。

当時は、E-mailも今のように普及していませんでしたし、携帯電話などもなかったので日本との連絡はもっぱら手紙でした。しかも、「ポストなんてゴミ 箱みたいなものだよ。」と友達に言われたことがあるくらい、手紙も確実に届くわけではありませんでした。今のチェンマイでの生活と比べると、日本をとって も遠くに感じましたし、日本からすごく離れている気がしました。そんな中日々、身も心もタイ人化(!?)していった気がします。学校の制服を着ていると、 誰が見てもタイの高校生でした。毎日の新しい発見や違いを体験し、なぜタイの人はこうするんだろう?という疑問持つとそのつど違いのなぞを自分なりに考 え、理解しようとつとめていました。そして何よりも、その“違い”を大いに楽しんだ1年でもありました。バーンロムサイにやってきて早2ヶ月。緑いっぱい の自然の中で日々成長する柔軟な子どもたちと過ごす時間はとても楽しく、いろいろな発見がありますし、高校生の時とは違った視点でタイを見ることもできます。
そんな中、ホームの子どもたちはここでの集団生活しか知らない子がほとんどです。将来ホームを出て自立したり、自分の家庭をもつ子も出てきます。そのよう な時のためにも、またいろいろな経験をするためにも、いわゆる一般的な家庭の雰囲気を知る機会があってもいいのではと思います。それが外国でなくてもタイ 国内でも、とにかくこことは違う家庭、家族の中で過ごすことができればと思います。短期間でも、10代の時期にそういった経験をすることは子どもにとって 何かしらの発見や感じるものがあるはずです。

HIVというまだまだ偏見の根強い病気を持つ彼らを受け入れてくれる家庭が、タイにまた日本にどのくらいあるのか分かりません。でも、そんなことが気軽 に、自然に出来るようになれば、彼らにとってもそして受け入れる家族にとってもすばらしい交流になるのではないでしょうか。
2007/7/2 ボランティアスタッフ 今井奈穂子






