- Vol.03 タンのこと。2006/11/13
タイから帰国して5ヶ月が経った。写真日記で見る子供たちはどんどん成長している。2004年6月から2006年6月までの2年間、私はボランティアスタッフとしてバーンロムサイで過ごした。

バーンロムサイでは衣類、雑貨などのものづくりを行っている。私はそのものづくりの部門に携わってきた。美和さん、そしてタイ人の縫い子さん、織り子さん 達と一緒に材料を探し、製品にしていく日々。日本での展覧会や注文をいただいたものの納品の締め切りに追われていつもバタバタしていて、なかなか子供たち との時間をゆっくりとれずにいたが、それでも同じ場所に暮らし、泣いたり、笑ったり、怒ったり。子供たちは私のことを「メー(お母さん)」と呼んでくれ た。
バーンロムサイでは子供はみんなで育てるものだった。常に子供のことをみんなで話し合い、どうしたらいいかを考えてきた。30人それぞれが大事なわが子となった。この2年間でバーンロムサイから、子供たちからもらったもの、学んだことは生きていく力そのものだ。

日本に帰ってきた今、30人の子供たち、一緒に働いたスタッフみんなが懐かしく、恋しい。それにしても、これは相手が子供でも大人でも同じだと思うが、たいてい、どうしても気になってしまう子、自分にとって特別な子というのがいるもので、私にとってそれはタンだった。
食いしん坊で、腕白でいつも汚れていて、でも結構几帳面でなにをするにもまっしぐらなタン。バーンロムサイに行って間もない頃、そのころっとした体格と食 べっぷりが自分の甥っ子にそっくりで親しみがわいたのが始まりだった気がする。私はタンがかわいくて仕方がなかった。あんまり会話という会話をかわしてき たわけではなかった。
タンはあからさまに甘えるタイプではないし、私が近づいていこうとするとちょっと怒ったように逃げられることが多かった気がする。ただ、台所で日本食を作っているときだけは積極的にやってきて、「手伝いたい!」とはりついて離れなかった。なにしろ食いしん坊君なので。

そんなタンが、私が日本に帰る日が近づいてきたら「一緒に行きたい」と言ってきた。なぜならば「日本に行って日本食がたくさん食べたい」のだそうだ。「タ ンが今度日本に来た時にはたくさん食べさせてあげるから」と説得しようとしたが納得しない。そんな先の話はいい、今行きたいんだという。

ホームを後にする日、タンは手紙をもって一人でやってきてくれた。そして、どうしても町まで一緒に送りに行きたいといってねばった。そんなに言ってくれる タンを一緒に連れて行ってあげたいのはやまやまだったが、車の都合でタンを連れて行くことができない。そう説明すると、荷台に乗っていく、雨が降ったらこ うやってシートをかぶるから、とさらにねばる。
切なくも、おかしくて、楽しくて、素敵な別れだった。
そのタンから手紙が届いた。虹の絵に「メーカオリ」(香織お母さん)とカタカナで、封筒に「大好きです」とタイ語で書いてくれてあった。私の気持ちはタンに伝わっていたんだろうか。タンも私のことを好きになってくれたんだろうか。
いつの日か、タンを日本に連れてきてあげたい。日本食をいっぱい食べさせてやりたいのだ。
もうすぐタンの誕生日。誕生日カードを書かなくては。
2006/11/20 ボランティアスタッフOG 岩崎香織
*都合により掲載が遅れましたことを深くお詫び申し上げます。






