1. 富澤商店トップ
  2. >
  3. コラム一覧
  4. >
  5. 可可豆見聞録
  6. >
  7. Vol. 56 進化する伝統菓子

可可豆見聞録

Vol. 56 進化する伝統菓子2010/06/09

 いつもなら爽やかな五月晴れと穏やかな風を心地よく感じる5月。でも今年の5月は半袖でも十分過ごせる夏のような陽気が続いていました。

 

 少し早目の衣替えをゴールデンウィーク中に終わらせヨーロッパに足を運ぶと、こちらは冬のような寒さに見舞われていました。

ドイツを訪れた5月上旬、この日は厚い雲から時折ポツポツと大粒の雨が落ちてくる生憎の空模様。冷え込みが厳しく、あまりの寒さに温度計をのぞいてみると数字は7℃を指していました。タクシーの運転手さんの話では通常なら20℃前後がこの季節の平均気温だとか。聞けば1週間前は日本同様半袖で過ごせるような夏日を迎えていたそうです。

 

 もしかしたら私の横を通り過ぎる冬のコートをまとった人々が、少し前にはTシャツを着て街を歩いていたかも知れません。私も真冬に着るようなダウンで完全防備。穏やかな気候のドイツを訪れ野外で飲む冷たいビールを愉しみにしていたのですが、冬のような寒さの中ではそんな気分にもなれず、結局バーで一杯だけ愉しんだ後、暖をとりに足早にホテルへと戻りました。

 

c-56-01.jpg こんなときはショコラショー(ホットチョコレート)で身体を温めるのが一番。温度計が夏日を指すようになると濃厚なショコラショーからは遠ざかってしまいがちですが、これだけ寒ければ気分もぐっと盛り上がります。大都市ケルンから少し離れたボンに足を運び、地元の有名ショコラトリー「コペヌール」(コップナー)のチョコラトルをホットミルクの中でくるくるとかき混ぜながら、心にも身体にも温かなヒトトキを堪能しました。

 

 コペヌールの「チョコラトル」と言えば、パリのラファイエット・グルメでも購入出来る自宅で作れるショコラショー。カカオポット型のチョコレートをホットミルクで溶かして作る簡易ショコラショーで、東京でも今年のサロン・ドュ・ショコラで販売され人気だったチョコレートの1つ。2007年の発表後瞬く間に話題になりましたが、そのユニークな形だけでなく、唐辛子やピンクペッパー(ベ・ローズ)を加えたバリエーション豊かなラインナップも話題の1つかも知れませんね。

 


■ ■ ■

 


 チョコレートの勉強をし始めた頃、カカオからチョコレートを作るだけでなく、ヨーロッパでの文化的な背景を知りたいと一人旅を始めて、もう随分な月日が経ちました。特にフランスは地方色豊かな“ショコラ”を求め東西南北ぐるぐると巡りました。

 

 フランスを初めて訪れ、様々なショコラトリーを巡り始めたのは今から10年前の2000年。その頃の旅の記録や雑誌のフレンチショコラ・パティスリー特集を開いてみると、この10年で様々なものが変わったように感じます。

 

 伝統的なものを保守するイメージが強いヨーロッパにおいて、私はガストロノミーに従事するフレンチシェフは、むしろいつも新しい創造を伝統と照らし合わせながら進んでいるイメージの方が強く感じます。特にパティスリーの世界はそれが顕著で、先駆者達が歩いてきた道を、次の世代が更に自由な発想と融合させて常に再構築を繰り返しているように思えるのです。

 

 特に最近はその動きが顕著で、敢えて古典的・日常的だった素朴な菓子を色鮮やかに、更に美味しく仕立て直し、甘美のヒトトキを誘っているように感じます。

 c-56-02.jpg

 例えば「ギモーブ」。誰もが知っている「マシュマロ」はフランス語では「ギモーブ」と呼ばれ、マカロンやキャラメル同様、砂糖菓子(コンフィズリー)に分類されます。空気を含んだふわふわのギモーブは昔から作られているいわば日常菓子ですが、ここ最近マカロン同様フルーツピューレをふんだんに練り込んだものや、ハーブを使用したものなど、カラフルで味のバリエーション豊かなものがあちらこちらのパティスリーで見られるようになりました。

 

 日本で市販されているマシュマロと異なり、こちらは四角い角型が基本。細長いパステル色のギモーブを縄のように結んで店頭に置いている姿が、以前撮影した写真の中では見られますが、最近は小さいサイズでかわいらしく店内を彩る姿を良く見かけます。

 c-56-03.jpg

 パリでお気に入りのパティスリー「パン・ド・シュークル」では、ガラスの壷に収められた4cm角程度のカラフルなギモーブが、コロンと並んでショーウィンドーを飾っています。ピスタチオの緑、カシスのワインレッド、オレンジの花の白、チョコレートとココナッツのコントラスト。目に鮮やかなギモーブたちがまるで“見てみて、きれいでしょっ”と囁くかのように。

 

 そのかわいらしさに惹かれいくつかのギモーブをオーダーすると、トングで掴んでサッと真っ白の紙袋に入れてくれます。かしこまった箱ではなく、素朴な紙袋に包まれた姿が愛らしい日常菓子であることを感じさせます。粉っぽさが無く口に含むと軽い弾力が感じられ、中に練り込んだ素材の美味しさや香りが広がった頃に、シュワリと溶けて消えていきます。

 

 他のパティスリーではピンクのギモーブはプティガトーのトッピングにも登場します。フランボワーズを練り込んだピンクのギモーブを薄く細長くカットし、一結びして赤いフルーツと一緒に添えると、かわいいデコレーションに大変身。ギモーブならではの鮮やかなのにやさしい色合いが、キラキラ輝くフルーツたちにやわらかなアクセントを加えるのです。名店ラデュレでは、このピンクのギモーブを中に閉じ込めたフルーツタルトも登場しています。

 c-56-05.jpg

 最近ではこのギモーブにクーベルチュールをコーティングした“ギモーブショコラ”も沢山の店で見られるようになりました。ちょっと細長くカットしたギモーブにスティックを刺して、コーティングしたクーベルチュールが固まる前にナッツなどのトッピングを施せば、見た目はまるでチョコアイスバー。昭和世代には懐かしい、アイススティックにナッツ入りチョコレートをコーティングした「うまか棒」を彷彿させる形です。外側のパリッとした歯ごたえに、中もっちりのギモーブの食感。昔ながらの砂糖菓子にパリならではの遊び心を添えた感性に、こんな仕上げ方もあったのかと思わず感心してしまいます。

 

 


■ ■ ■

 

 


c-56-06.jpg エクレア、パリブレストといったお馴染みのフランス菓子も明らかに進化を遂げています。基本には忠実でありながら、色でカラフルにアクセントをつけたり、最後の仕上げに一工夫を加えたり、素材選びにこだわったり。コラムVol.55でご紹介した「地球の歩き方 arco パリ」でも現代版の伝統菓子が沢山紹介されていて、フランス菓子と言えば・・・の定番菓子にサプライズが散りばめられている様子がご覧いただけます。

 

 これらの流れは「トラディッション・ルヴィジテ」(révisiter=[作品・作家などに]新たな解釈を与える、再評価する)、あるいは「クラシック・ルヴィジテ」と呼ばれているそうで、古典菓子を見直す動きとして様々なメディアで紹介されています。

 

 例えばパリの中でもスイーツ激戦区と化しているサンジェルマン・デ・プレ界隈では、パティスリー界の革命人フィリップ・コンティシーニ氏が手掛けた「ラ・パティスリー・デ・レーブ」(2009年9月オープン)や、高級レストラン“ギー・サヴォワ”出身のユーグ・プジェ氏が開店した「ユーゴ・エ・ヴィクトル」(2010年2月オープン)などの新たな店で、次々とこの現代版古典菓子の姿が登場しているのです。

 c-56-07.jpgc-56-08.jpg

 ただ仮にこの言葉を知らなくても、そのうねりは確かに肌で感じられます。ずっと昔からある名の知れた菓子なのに、10年前のパティスリーには並んでいなかったような、デザイン性に富み、美しく、自らがその美味しさを語るものが増えているのです。立ち寄りの旅人ではありますが、実際私が頂いて印象的だったものを幾つかご紹介いたしましょう。

 

 お気に入りは、ブレ・シュクレの「タルト・タタン」。タルト・タタンと言えば底(盛り付け時には表)が平らなタタン型で作ることの多いリンゴのタルトですが、こちらは見た目も本物そっくりの“リンゴ型”にコロンと成形されています。焼きリンゴの香ばしい香りとトロッとした食感が予想以上にギュッと詰まっている一品。タタン型で作るものよりもひとつひとつのリンゴのカットが小さいので、その分焼いたリンゴの美味しさが存分に頂けます。

 

c-56-10.jpgc-56-09.jpg カール・マルレッティの「タルト・オー・シトロン」(レモンのタルト)は、どこまでもジューシーなレモンの香りが広がります。フランスで定番のタルト・オー・シトロンと言えば、レモンクリームの上にたっぷりのメレンゲを絞りバーナーで表面に焦げ目を付けたものが多く、甘さも濃厚なイメージがあったのですが、こちらはその代名詞ともいえるメレンゲがなく、甘さ控えめでフレッシュ&ジューシーなレモンの美味しさがしっかり中に詰まっています。クリームのとろける具合が心地よく、サクサクのタルト台と絡めて頂くと、バターの美味しさがコクとなって広がります。

 

 古典菓子を見直す動きの中で気がつくのが、タルト・オー・シトロンから様々なものがそぎ落とされ、よりシンプルになっていること。「カール・マルレッティ」のようにメレンゲを載せず、しっかり焼いたタルト台と、甘酸っぱいレモンクリームの味わいだけでその美味しさを表現しているものが増えているように感じます。

 

 仮にメレンゲが載っていても「ラ・パティスリー・デ・レーブ」のように、最小限のメレンゲが波のように流れる美しい曲線を描いているものなど、その量は限定されます。レモンの鮮やかな黄色、あるいはとろんと緩やかなメレンゲの曲線、外観の第一印象がより一層美味しさを引き立てているのです。

 

 何かを足すことで美味しさを加味するのではなく、素材を厳選し、フォルムを絞り込むことで本来の美味しさを引き出すことも、「トラディッション・ルヴィジテ」の考えの一つなのでしょう。

 

c-56-11.jpg パン・ド・シュークルの「バオバブ」は、ブリオッシュにシロップを浸し、ラム酒で香りづけした「ババ」の進化版。ブリオッシュ生地はオレンジの香りを添えたバニラシロップをたっぷり含んでいるにも関わらず、更に追加のラム酒シロップを詰めたスポイトがてっぺんに置かれた、インパクト抜群のスタイル。一口頂くと爽やかなシロップが“ジュワッ”、更にスポイトを押すとラムシロップと中のクリームが絡まって“ジュワジュワ”と大人の味わいが口の中一杯に広がるのです。

 

 昔良く口にしたババは、濃厚な甘さと強いラムの香りに満ちていて、大概生クリームやドライフルーツが添えてあったため、小さなサイズでもお腹が直ぐに満たされるイメージがありましたが、こちらのババは大きめなのに食感と甘さが絶妙で、最後のシロップまで完食出来る軽さを持ち合わせています。ラムシロップを好みで加減出来るのも嬉しいオプションです。

 

 パン・ド・シュークルWEBサイトでは、この「バオバブ」の他、トラディッション・ルヴィジテをテーマにしたケーキの写真がご覧いただけます。カラフルで、可愛くて、見ているだけで楽しくなるお菓子たち。古典菓子なのに全く新しいもののように感じるフォルムには、シェフの細部にまでこだわったアイデアが詰まっているのです。

 

 エクレアを薄くシート状にのしたクーベルチュールで巻いたり、定番マカロン・パリジャンをキラキラパール状の仕上げや上下色調の異なる生地でサンドしたり、花びら模様のパリブレストが登場したりと、フランス古典菓子は今華やかにその進化を辿っているのです。

 


■ ■ ■

 


 日本の日常菓子と言ったら皆さんは何を思い浮かべますか?私は和菓子なら大好きな「大福」、洋菓子なら小さいころから親しみのある「プリン」がスッと頭に浮かびます。

 

 幼少のころは、「大福」と言ったら“こし餡”か“粒餡”が定番で、「プリン」は卵と牛乳で作るもの、というのが一般の認識でした。

 

 ところが今はどうでしょう?“苺大福”に“コーヒー大福”、生クリームを詰めたものやチーズ入りなど、そのバリエーションは数え切れぬほどに広がっています。プリンはいつの間にか登場した生クリームブレンドの革新勢力“とろりん派”が、市場に台頭しているではありませんか。

 

 勝手は違うけれどもフランスだって日本だって、時代に合わせて菓子のスタイルが変わっても、その基礎となる「個々の菓子のアイデンティティ」は人々に愛され続けることによって継承されていくものなのだと思います。

 

2010/06/05

 

Coppeneur  http://www.coppeneur.de/(独語/英語)
La Pâtisserie des Rêves http://www.lapatisseriedesreves.com/(仏語)
Hugo&Victor  http://hugovictor.com/(仏語)
Pain de Sucre  http://www.patisseriepaindesucre.com/(仏語)
Carl Marletti  http://www.carlmarletti.com/site/(仏語)

 
新着情報
過去の記事