- Vol. 53 希少なカカオ2010/03/09
日曜日バレンタインに続き、バンクーバーオリンピックで賑わった2010年の2月。各国選手の活躍に感動したり、日本選手のメダル獲得にドキドキしたりと、それぞれの観戦を楽しまれたのではないでしょうか。
ウィンタースポーツでは特にスキーが好きな私は、スキークロスやモーグル、滑降などを楽しみにしていたのですが、今年はカカオの国「ガーナ」からアルペン競技に出場した選手がいたのを皆さんはご存知でしょうか?
雪の降らない熱帯「ガーナ」に誕生した冬季オリンピック初の選手の名は「クワメ・アチャンポン(Kwame Nkrumah-Acheampong)」。2月21日のロイター通信によれば、現在35歳のアチャンポン選手は、6年前にイギリスの屋内スキー場で受付係になった頃より本格的にスキーレースを始めたとのこと。
生まれはスコットランドですが、幼少から青年期はザンビア、ナイジェリア、ガーナで過ごした、アフリカ大陸に根を張るガーナ人。「Snow Leopard(雪豹)」と称されるヒョウ柄のレーススーツを身にまとい、颯爽と白い雪の上を滑っていく姿は、国境を超えて各国のインターネット上で話題になっていました。
オリンピックでの出場競技はアルペン回転。上村愛子選手のご主人、皆川賢太郎選手と同じ競技です。目標はメダルを取ることではなく、雪が降る国の選手を一人でも破ること。謙虚な姿勢に人の良さが感じられます。五輪後の夢はガーナで芝生(グラス)スキー場を開設することだそうで、彼の今後の活動によりガーナの子供たちに新しい夢が増えることになるのではと、個人的にとても応援をしています。
結果は2本の滑走とも見事完走。皆川選手を含めコースアウトする選手が続出する中、自身のベストを尽くしながらフィニッシュ。決してメダルを狙えるような速さではありませんでしたが、カカオ生産国から参加した雪上の熱い戦い。コースアウトしそうになりながらも、一生懸命滑る姿は心に響くものがありました。思わず93年の映画「クールランニング」(カリブ海ジャマイカの選手がオリンピックのボブスレーに挑戦する、実話を元にした映画)を思い出してしまいます。そういえば、あの舞台もオリンピック開催国はカナダでした。
アチャンポン選手はガーナ唯一のスキーチームメンバー(今のところメンバーは彼一人ですが)。公式WEBサイトもありますし、インターネットの動画サイトなどで検索すると、彼が滑っている映像をご覧頂けます。雪上の熱帯スキーヤーの勇姿を是非ご覧になってみて下さい。
■ ■ ■
さて、今回はバレンタインで販売されていたチョコレートの中から、前回の希少なカカオにまつわるお話をご紹介致します。前回コロンビアで見つけた白い種のクリオロカカオ。クリオロは市場での希少価値が高いと申し上げましたが、他のカカオと何が違うのか、その一例を簡単にここでご紹介いたします。
カカオは品種を大分類すると、3つの系統に分かれます。(最近の研究ではその他の区分も伝えられていますが、ここでは3つに絞ってお話し致します)
まずはスペイン語で“その土地で生まれた”を意味する 「クリオロ(Criollo)」。
次に“よその土地の”を意味する「フォラステロ(Forastero)」。
2つの掛け合わせで、「トリニタリオ(Trinitario)」と称されるカカオ。カカオの品種とチョコレートの味は、第一段階として個々のカカオ種が持つポリフェノールの含有量に関係します。
下の写真左と中が「クリオロ」のカカオ。クリオロのカカオはチョコレートとなる種の部分が白や薄紫、ピンク色といった淡い色調の種を多く含むことが特徴です。
それに対し、右は「フォラステロ」のカカオ。クリオロと異なり、種内部の色素がクリオロよりも濃い紫色を多く示します。
チョコレートの苦味や渋みは、カカオ豆中に含まれるポリフェノールにその多くが起因します。紫色の色素を多く含むフォラステロの場合同時にこれらのポリフェノールも含むため、生の種をかじるとクリオロの種にはあまり感じられない、独特の収斂味が舌の上に広がります。
この収斂味は適切な醗酵を行えば、ポリフェノールが化学反応を起こして軽減するのですが、未醗酵であったり、あるいは醗酵不良だと、そのまま強い渋みとしてカカオ豆の中に残ってしまいます。それに対し、もともとポリフェノールの含有量が少ないクリオロは、醗酵後も渋みや苦味が非常に穏やかなことが特徴。クリオロのカカオ豆でチョコレートに仕上げると、醗酵によって生まれる複雑なアロマや爽やかな酸味が豊かに感じられることがよくあります。(ただし、他の種と交雑しやすいので、商業的に“クリオロ”と呼ばれているものには、自然交配したカカオ豆が混ざっていることも多々あります)
クリオロの付加価値が高いとされているのはその香味だけではありません。病気に弱く、1本当たりの収穫量の少ないクリオロカカオは、一説には世界での生産量が3%以下と伝えられるほど圧倒的に少ないことも、その価値を後押ししているのです。
「トリニタリオ」は「クリオロ」と「フォラステロ」の掛け合わせで生まれた交配種。クリオロのアロマの豊かさや、フォラステロの病気に強い点など、互いのカカオの良いところを持ち合わせています。世界での生産量は10~15%程度。私が足を運ぶ地域には「トリニタリオ」が多く、生まれ故郷のトリニダード・トバゴからもたらされた品種もあれば、トリニタリオ同士を掛け合わせて作られたトリニタリオ交配種など、同じ「トリニタリオ」でも更に細かな品種を目にすることがしばしばあります。病気に強いカカオや、収量の多いカカオなど、現在カカオの世界では様々な目的に沿った品種改良が進められています。でもそんな農業技術の進歩した現代だからこそ、国ごと、地域ごとの歴史や背景を持った、昔ながらのクリオロカカオの価値が別の意味で注目を集めているのです。
■ ■ ■
前回のコラム(Vol.52)は「幻のカカオ」としてめったに市場に出まわらないコロンビアの白いクリオロカカオをご紹介しましたが、中南米で今でも栽培されている幾つかのクリオロカカオは、同様に「幻のカカオ」として市場に紹介されることがあります。例えば以前コラムVol.46でご紹介したメキシコ南部太平洋側「ソコヌスコ(Soconusco)」地域のカカオを使用したカカオサンパカの「ショコヌスコ(Xoconusco)」のボンボンショコラは、幻の「レアルクリオロカカオ」として、この冬から日本市場で発売されました。
メキシコがスペインに征服された後、この地からスペイン王室に献上されていた「レアルカカオ(王家のカカオ)」。時代の流れとともに失われつつあったこのクリオロカカオを、マヤの末裔であるインディヘナの地域農業改善と生活向上プログラムとともに復興し、そして作られたのがこのショコラになります。ソコヌスコのカカオはマヤの時代から栽培されていたものであり、今でもこのあたりでは当時の文化の名残が至る所に見られます。そんなカカオの歴史や文化に由来してか、ショコラ表面にはマヤ古典期の絵文字で「カカオ」を表すものが添えられています(コラムVol.12をご参照下さい)。まるで2,000年以上続くマヤカカオの歴史そのものを味わえるかのような、メッセージ性の強いショコラなのです。
ソコヌスコの生カカオ豆は以前何度か見たことがありますが、細長い三角形で丸みがあり、カットすると白いカカオや色調の薄いカカオの混在が見られます。これがクリオロカカオの証。なるほど、確かにショコラをかじると、乾燥果実やスグリ、草木の香りと酸味、やさしいカカオの味わいとともに心地よい余韻が広がります。
今のところ日本でソコヌスコのカカオが味わえるのは、カカオサンパカの丸の内ショップか、オンラインストアのみ。一度お試しになりたい方、まずはサイトへアクセスです。
■ ■ ■
もう1つの「幻のカカオ」として注目したいのは、カリブ海に面する ベネズエラ・チュアオ村のカカオ。この地のカカオは10年以上も前ですが「世界ウルルン滞在記」で紹介されたことがあるので、ご覧になっていた方がいらっしゃるかも知れませんね。
16世紀から続くこの村へは、ここに辿り着くまでの道路が内陸側から無いため、近くの港“プエルト・コロンビア”から約20分かけて小船で海を渡らなくてはなりません。500年以上の歴史を持つ小さな村のカカオは、内陸とは隔離されたような土地でカカオ栽培が続けられてきたため、この地のカカオは他の地域のものとの交配が少ないと言われ、入植時代から香り高いクリオロカカオとして知られてきました。
ところが19世紀の始め、チュアオから離れた地域のカカオの病気がこの村まで蔓延してしまい、危機にさらされました。その後失ったクリオロの一部は病気にいくらか強く、香りの良いトリニタリオのカカオに植替えられました。更に時の流れとともに、古くなったカカオや病気のカカオの差し替えに、フォラステロも導入されるようになりました。
そういった経緯はあれども今でも村の幾つかの農地を歩くと、昔ながらのチュアオのカカオに出会えるそうです。他の品種と自然に混じってしまっていてもその遺伝子は顕在で、両手でカカオ豆をすくい上げその香りを吸い込むと、クリオロ特有の繊細な香りが華やかに鼻腔の奥まで広がるのです。
1990年代には、このチュアオ村のカカオだけで仕立てた高級チョコレートが欧州を中心に販売され、その価値が再び認められるようになりました。背後が山に囲まれているため「幻の谷」とも言われるチュアオ村のカカオを使用したチョコレートは、昨年欧州市場で随分と増え、このバレンタインではかのピエール・エルメからも発売されました。「チュアオ」と称されるチョコレートには、チュアオ村のカカオを使用したものと、チュアオ村の中でもクリオロ純度の高いものを別の地域のカカオに接木して、保存しながら生産しているものとに分かれます。味わいの輪郭に差はあれど、どちらもまろやかな味わいで、レーズンや赤い果実、タバコのような香りが感じられます。普段ガーナなどのアフリカン・カカオの味に慣れ親しんでいる方にとっては、カカオの概念を覆すものとなるかも知れません。
一度お試しになりたい方は、入門編として明治製菓100%ChocolateCafe.の「No.12 Chuao」(¥300)がオススメです。他のチュアオよりカカオが少ない分甘めですが、アロマの存在感は十分です。古くから継がれているカカオは、その土地ならではの歴史や背景を背負っています。世界各地の希少なカカオを頂くときは、そういったものにも思いを馳せて、召し上がって見て下さい。
2010/03/05
* ガーナスキーチーム(英語)http://www.ghanaskiteam.com/newsite/
* マヤ有機生産者組合(西語)http://www.redmayacasfa.org/
* カカオサンパカ http://www.cacaosampaka.jp/
* ピエールエルメ http://www.pierreherme.co.jp/
* 100%ChocolateCafe. http://www.meiji.co.jp/sweets/choco-cafe/






