- Vol. 52 CACAO HUNTER′S 幻のカカオハンディング2010/02/04
-32年ぶりの取引最高価格- 昨年12月16日、イギリスの経済紙「フィナンシャル・タイムズ」のWEB版でここ最近のカカオ豆国際相場の動向に関して報じられました。
これまで何度かお話してきたカカオ豆の国際取引。砂糖、コーヒー豆同様、グローバルマーケットで取引されるカカオ豆の相場は、今やカカオ・チョコレート関係者のみならず、世界中の投資家の注目を集めています。年明けに訪れたカカオ生産国でも、一般紙でその話題が取り上げられていました。その理由はここ8ヶ月に渡る右肩上がりの急上昇。連日高値の記録を塗り替え、未だ止まる気配の見えないカカオ相場の動向は、今市場に大きな変化をもたらせています。
相場上昇の背景にはいくつかの原因が挙げられますが、投資家の市場参入のほか、世界の70%のカカオを支えるアフリカの現状が大きな要因として挙げられます。この地域に吹く砂塵を含む貿易風「ハルマッタン」がカカオ栽培に悪影響を及ぼしていること、世界最大のカカオ生産国であるコートジボアール(アイボリーコースト)では農民がカカオからゴムなどの他の生産性の高い作物に切り替えていることが伝えられていました。つまりこれは供給のバランスに不安材料があることを意味します。
フィナンシャル・タイムズでは触れられていませんでしたが、一度解体したコートジボアールの国営カカオ産業が、今再び国営化に戻る動きを見せていているといった、政治的に不安定な動きも少なからず影響していると思われます。
その一方で、中南米では新規にカカオ産業に参入するベンチャー企業も登場してきました。新しく農園を作り、カカオ豆を欧米に輸出するというのです。昔ながらのカカオが残る中南米においてどんな品種のカカオを新たに植えるのか聞いてみると、生産性が高く、病気に強いカカオの名前が幾つか挙がっていました。どうやら相場の上昇はカカオ生産の川上において、その栽培地図を塗り替える可能性も秘めているようです。新しく植えたカカオの実が収穫できるのは平均して4年後程度。その頃には世界のカカオ地図が何らかの形で変化しているのかもしれません。
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さて年明け早々、私は飛行機に乗り込みカカオ生産国へと飛び立ちました。向かった先は2ヶ月半ぶりのコロンビア。前回帰国してから情報を得たカカオのことがどうしても気になり、再び足を運ぶ事にしました。
全てのチケットを手配したのは12月の下旬。年末年始の国際線は空席がない上に料金が2倍~3倍くらい高いことがしばしば。出来るだけローコストなチケットを調べ辿り着いたフライトは、アメリカで2回乗り継ぐ、飛行時間20時間を超えるもの。最終目的地までのコロンビア国内線も含めると合計22時間にもなる長いフライトでした。成田から1つ目のフライトを終えニューヨークで仮眠。翌朝3時過ぎに再び空港へ行き、2つ目のフライトへ。マイアミで飛行機を降り、一度はバカンスを楽しみたいビーチに足を運ぶこともなく、すぐさま3つ目のフライトへ乗り継ぎ、コロンビアの首都ボゴタへ。
落ち着く間もなく国際線を走って乗り換え、今度は4つ目のフライトとなるコロンビアの国内線へ。出発ギリギリで飛行機に乗り込み、カカオ生産地の空港に着いたのはその日の午後4時。そこから更に車でカカオ生産地域まで約2時間。目的地に着いた頃はすっかり日が落ち、辺りは夜の色に包まれていました。
周りにビルもなければ街灯も殆どない生産地で過ごす夜の愉しみといえば、何といってもビールやラム酒片手に仰ぐ星空。数え切れない程の煌めく星たちが漆黒の空の中で瞬いているのです。

今の時期は眠りに付く前に東の方角を見上げるとオリオン座が、反対の方角にはカシオペア座を見つけること出来ます。日本で見るより多くの星が夜空を彩り、目を覚ます頃には流れ星を見ることも出来ます。
海がすぐそばのこのあたりは、東の空が明るくなる頃に浜に出ると、日の出に照らされたココ椰子の幻想的な影に出会うことができます。日中は照りつける太陽の下でのカカオ栽培の様々な仕事が待っていますが、夜から明け方にかけての幻想的な風景は、全てを忘れさせてくれる安らぎの世界でもあります。
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そんな沿岸部のすぐ後ろは、5,000m級の山が連なるコロンビア有数の山脈が鎮座してます。今回の目的であるカカオの第一ポイントはその山の麓。前回のカカオハントと若干入れ替りカカオの専門家も交えたメンバーで、カカオハンティングに望みます。4WDの車に乗り込み、ソンブレロを頭にのせて、いよいよ出発です。
海を離れ街道を走ること1時間、ガイド役を勤めてくれるホルヘさんと合流し、舗装されていない山道へと向かいます。石ころだらけのお馴染みのガタガタ道を登っていき、更に勾配がきつくなりこれ以上進めないところで車から下車。そこからは茂みの中を自分たちの足で登っていきます。スタート地点との標高差は300m。大した勾配では無いように感じるかもしれませんが、熱帯の太陽が照りつける日中は、予想以上に体力を消耗します。登っては下り、山頂から注ぐ小川を超え、再び登って山中の農園を目指します。
この辺りは昔からコロンビアに先住する「インディヘナ」と呼ばれる人々が住んでいる地域。探しているカカオも元々その多くはこのインディヘナの人々によって栽培されていました。ところがこのカカオは非常にデリケートで、その後に植えられた品種改良のカカオと直ぐに交配してしまうため、完全にピュアな状態のモノを見つけるのが現在では非常に難しくなっています。
他のカカオとは混ざらないように離れているほど、ピュアである可能性が高くなります。そのため今回は山の奥でカカオを栽培する農園の、その中でも離れた場所で栽培されているカカオをハンティングポイントに選びました。
種の色の美しさ、極めてまろやかな味わいから希少とされているこのカカオは、もともと生産量が非常に限られている上に、現在その数が減少傾向にあります。原産については幾つか諸説はありますが専門家の間ではAlta Amazonia(アマゾン川上流)と言われており、インディヘナによってその栽培が始まったと言われています。次第にベネズエラ・アンデス山麓でも栽培されるようになり、それらがコロンビアへと広がったと考えられています。
お隣ベネズエラではこの種のカカオがプレミアム価格で取引され、保存や接木による生産の維持なども行われていますが、コロンビアではそういった動きがほとんど見られません。なぜそんな伝統的な希少カカオが保存されないのでしょうか?その理由を専門家に質問すると、意外な答えが返ってきました。
コロンビアには、特別なマーケットが無いから。
折角希少価値が高くてもそれを特別な価格で取引するマーケットが今のところ無く、その生産量の少なさや木の年齢から、他の品種のカカオへと栽培を移す動きがあるそうです。このカカオの生産量は現在コロンビアで栽培されている最も生産量の高いカカオと比較すると、木の年齢も高齢のため収量が1/10程度しかありません。病気にも弱く安定した収穫量も見込めないといったマイナスポイントから、段々と離れていく農家が増えているのです。
収量に10倍の差があるということは、実際一般のカカオ豆と10倍くらいの価格差で取引されないと農家にとって利益が無いということ。でもそんな価格で取引される市場は、少なくとも今のコロンビアでは皆無なのです。
以前コラムVol. 38・Vol. 39・Vol. 40でお話したエクアドルもそうですが、小農家からカカオ豆を買い取る際に品質による買取価格の差別化システムが無い限り、生産性の低い伝統的なカカオを手放し、病気に強い品種に植え替える、あるいは新しく植える動きがどうしても起こってしまうのです。なぜなら、それはつまやかな生活を送る小農家にとって、カカオ豆が生活を支える大事な現金の収入源だからです。
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暫く山の中を歩き続け、ようやく2本のカカオの木に辿り着きました。コロンビアで今まで見たカカオと比べると若干厚く、大きめの葉を有しています。木の年齢は50歳くらいに見えましたが、まだ現役で最盛期を過ぎた1月でも幾つか果実が実っていました。但し、その半分以上には病気か、鳥によって食べられてしまった痕跡が見られます。残っている丸いフォルムの果実をナイフで割ると、その瞬間私が待ち望んでいたものが顔を出しました。一粒ひと粒が全てが真っ白のカカオの種。一切の色素を持たない「クリオロ・ブランコ(Criollo Blanco:白いクリオロ)」のカカオの種です。

前にもお話したことがありますが、チョコレートの苦味成分・渋味成分はカカオの種に含まれる紫色の色素部分(カカオポリフェノール)に起因します。色が濃いほど苦味・渋味が強い傾向にあり、少ないほどまろやかな味わいとなります。つまり、仮にこの真っ白なカカオの種でチョコレートを作ると、究極にまろやかな味わいのチョコレートとなるのです。適切な醗酵と乾燥工程を経てビターチョコレートに仕立てれば、苦味を持たない、皮なしアーモンドのような甘いナッツの香りと、果実のようなフルーティーな香りを放つチョコレートといった具合に。
希少な白いカカオの種。この種は直ぐに酸素の作用で色が変わってしまうため、この美しい瞬間はカカオを割った一瞬しか堪能できません。その瞬間を目にするために、事前調査時間を含め随分沢山の時間を費やしましたが、やっとここで目的を一つ達成することが出来ました。次の目標は、このカカオの生育分布をコロンビアの地図と重ねて調べることです。今回は探し求めていたこのカカオにやっと出会ったことをお伝えして終りにしたいと思います。詳しいお話はまた次回に。
2010/02/02






