- Vol. 51 CACAO HUNTER′S コロンビアを巡る 22009/12/28
カカオの生産国を巡っていると、いつも様々な出会いに遭遇します。今回のコロンビアでもそういった機会に恵まれ、帰国した今でも何人かとメール交わす日々が続いています。
そのうちの一人、サン・ビセンテ・デ・チュクリ(以下チュクリ)の町でも高い標高に位置するAlsacia農園のエディリアさんに先日メールを送りました。彼女との関係はカカオでもチョコレートでもなく、「大豆」。ベジタリアンであるエディリアさんの食生活では大豆が主なタンパク源だそうで、私が日本人であることを知ると、“日本には沢山大豆を使ったお料理レシピがあるでしょう。教えてくれない?”と尋ねてきました。そんなことがきっかけで、私たちの会話は始まったのです。大豆を使ったものといったらやはり「豆腐」や「しょうゆ」といった定番の日本食素材が真っ先に頭に浮かびましたが、ここはコロンビアの山の中。さすがに豆腐作りに必要な“にがり”はないだろうし・・・と思考を巡らせていたところ、“TOFUならあるわよ”とお皿にチーズのような真四角のものを乗せて持ってきました。フォークを指すと少し硬い印象ですが、口の中に入れると何とも甘い大豆の香りがふわり。まさしくこれは豆腐。でもまさかコロンビアでこんな手作り豆腐に出会うとは!?
驚いて言葉を無くしていた私の前に、今度は黒いソースのようなものが運ばれてきました。“TOFUに付けてみて”とうながすエディリア。まさか、まさかと口に含むと、こちらは間違えなくしょう油の味わい。“サルサ・デ・ソジャ(スペイン語で「しょう油」)も作ってみたの”とにっこりと笑うエディリアに、日本人でありながらしょう油を作ったことのない私は、彼女に大豆料理のレシピを教えるどころか、むしろ教わって帰らなくてはという気分になりました。
そんなエディリアが暮らすAlsasia農園は標高900mに位置する山の中腹。チュクリの中心地からもオフロードバイクで小1時間かかるため、この農園で働く労働者の子供たちが、町の学校に通うのは余りに遠すぎて非常に難しい状況にあります。そこでこの農園では農園主が労働者の子供たちのためにボランティア学校を開き、算数や音楽、聖書などの授業を行っているのです。
私たちがおじゃましたときは、丁度算数の授業の真っ最中。男の子は難しそうな顔をしながらホワイトボードの数字と向かい合い、女の子はエディリアに習ってそれぞれ課題の演習を解いていました。でも普段馴染みのない大人たちが急に現れたものだから、子供たちは興味津々。授業中なのに幾度となくこちらを振り返り、目が合うとちょっと恥ずかしそうにはにかんでいました。

前回のコラムでご紹介したカカオ農園での労働者への配慮とは、こういった労働者の子供たちも含めた社会構成のサポートをも含みます。ある環境団体の認証を一つのカカオ農園が受けるということは、カカオ栽培を画一的な環境保護の側面からみるだけでなく、栽培に関わる全体の姿勢まで考える必要があるのです。難しいことは抜きに、カカオ生産者の子供たちが政府支援の届き難い環境的な問題で学校へ行けないときに、こうやって大人たちが手を差し伸べ、育てていくことは重要なこと。そんな当たり前のことが妙に温かく感じるのは、そこから遠くはなれた社会に自分が居るからかもしれません。
“勉強は楽しい”と屈託の無い笑顔で答える子供たち。この子達が元気に育っていくには、この地でのカカオ産業そのものが健全に発展しなくてはなりません。カカオ生産国に来る度に感じることは、「チョコレート産業」はこの「カカオ産業」無くして語ることは出来ないということ。私たちがチョコレートを作り、消費するということは、世界のどこかで彼らの生活に繋がっているのだ、ということを実感せずには要られません。
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さて、次はチュクリの町から車で7時間、幅広の幹線道路をひたすら北上すると、次第にジメッとした空気が身体を包み込んできました。夜も更け、周りがすっかり暗くなった頃に車を降りると、湿気を含んだ潮の香りと遠くに海の音が聞こえてきます。今度は北部沿岸部の「サンタ・マルタ」までやってきました。
サンタ・マルタはカリブ海沿岸に面した美しい町。目の前にはエメラルドグリーンの海と白い砂浜のビーチ、ココ椰子の並木道が広がり、すぐ背後には富士山をもしのぐ5,000m級のクリストバル・コロン山が聳え立っている対照的な光景を、360度の視界の中で目にすることが出来ます。

緑が広がる山のふもとの低地ではカカオやバナナなどの熱帯植物が、中腹付近では寒暖の気温差と標高差を利用した、良質なスペシャリティーコーヒーが栽培されています。“サンタ・マルタ”という名前をどこかで聞いたことがあるように感じられる方は、きっと同銘柄の缶コーヒーに覚えがあるのではないでしょうか?
コロンビアで最も古い入植都市であるサンタ・マルタは観光地として有名で、その美しいカリブの海岸線に沿って立派なホテルが立ち並びます。風光明媚なこの地は、首都ボゴタの市民や海外からバカンスを楽しむ人々が年間を通して訪れるリゾート地でもあります。一部ではもともとの先住民であるインディヘナの文化が残っている地域もあるため、インディヘナ系の人からアフリカンカリブ系、入植時代からのヨーロッパ移民系の人など、様々な顔立ちの人々が街中を行き交います。その一方で町から30分も車で離れると、貧しい零細農家が幹線道路に沿って立ち並ぶ姿を目にします。このあたりは海と山に挟まれた耕地面積の少ない土地が多いため、細々とカカオやバナナを育てる零細農家が非常に多いのです。
実際私たちが訪れた中には、電気や水道も無い山のふもとで木々の間をぬうようにカカオを栽培している農家もありました。彼らの案内で山の中に入っていくと、高低差の激しい細いわき道を20分ほどかけて登ったところで、ようやく30本足らずのカカオの木が現れる、そんな厳しい状況の中で栽培をしていました。

前述のチュクリのようにカカオ栽培が主要産業の土地では、カカオの木々がたとえ山の中でも効率的に収穫出来るよう整然と植えられていますが、カカオ生産量の少ないサンタ・マルタの場合、平地は土をならしてカカオを植えることが出来るものの、山のふもとの丘陵地では適した土地の隙間にカカオの木を植えていく他に方法がありません。広くカカオを栽培したくても、個人単位の農家では山間の土地を大きく開拓することは難しいのです。

それでもカカオは大事な現金の収入源。たとえ少量ずつであっても、多くの零細農家がバナナなどとともに手がけているのです。
サンタ・マルタにはカカオやバナナだけでなく、コーヒーやハチミツといった農作物を生産する農家も沢山存在します。そうした彼らの生活規模はカカオ栽培農家同様、小さなものが大半です。このような小規模農業を支援する団体がこの地では活動しており、運良くそのカカオ担当者とお会いする機会に恵まれました。
物静かで博識なコロンビア人のジョニーさん。彼はカカオ栽培のスペシャリストで、有機カカオの栽培や、醗酵・乾燥といったカカオ加工について農家1件1件を回って指導を行っています。こちらの団体では他にカカオの担当者がいないそうで、全てその責任を彼が一人で担っているとのこと。カカオはデリケートで気難しい植物。また他のフルーツと異なり、果実を収穫した後も果肉と種を一緒に醗酵させ、カカオ豆へと加工する作業も必要となります。専門的な知識を持ち合わせない農民を彼がつぶさにサポートすることにより、それがやがて農家の大事な収穫へと繋がっていくのです。
彼の後について回った農家は、どこも皆質素な暮らしをしていました。特に今年はエル・ニーニョの影響で雨が降らず大地は乾き、そのためにカカオの収穫量が減り、収入にも大きく影響していました。それでもどこかのんびりとした空気が流れているのは、カリブ海側のラテン気質のお陰なのかもしれません。
緑豊かなサンタ・マルタでは食用バナナは年中実を付け、水はけの良い大地ではイモ類も良く育つため、幸いにして主食として食べるものは手に入ります。家畜を育てている農家もあります。でも生活には少なからずお金が必要なのは事実。それを得る手段として小規模ながら彼らはカカオを育てます。
同じコロンビアという国に住んでいても、サンタ・マルタへバカンスに訪れた都市部の人々の生活とこのあたりの農家の生活を比べると、驚くほどに大きな差があるように感じられます。都市部でチョコレートを飲む生活と、熱帯の地でカカオを育てる生活。どちらが幸せな生活か私には分かりませんが、カカオ豆輸出の少ないコロンビアにとって、今は都市部の人々を中心とした国内需要が、熱帯のカカオ農民を大きく支えていることを付け加えておきます。
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カカオ生産者の現状についてはここで一旦終わりにして、本来の目的であるカカオ探しについて最後に触れておきましょう。
雨の降らない、乾いた急勾配の山道を何度上り下りしたのか分からないほど、今回の旅では息を切らしながらこの国のカカオに会いに行きました。その中で芳しい華やかさを持ち合わせた、繊細な香りのカカオに幾度と無く出会いました。それは単に品種の特性だけでなく、多様的なコロンビアの自然環境だからこそ生まれた香味なのだと思います。素晴らしいカカオがある、という事実は確かなのです。ただ残念なことに、今回の滞在中には私が最も会いたかったカカオには出会うことが出来ませんでした。後ろ髪を惹かれる思いで旅のタイムリミットを迎え、それからしばらく地球の裏側同士で生産者の方と連絡を交わしていると、ある日当初私が探していたと思われるカカオの情報を耳にしました。
嘘か誠か可能性があるならば、もう一度探しに戻らなくてはなりません。コロンビアにはまだ巡っていない土地も沢山有ります。“カカオハンター’s”再結成、2010年もまだまだ旅は続きます。
2009/12/26






