- Vol. 50 CACAO HUNTER′S コロンビアを巡る2009/11/28
ついに迎えた50回目のコラムは、成田からアメリカ・ヒューストン経由で18時間を越える、魅惑のカカオが眠るコロンビアへの旅です。
皆さんは「コロンビア」という国にどのようなイメージを持っていますでしょうか?“美味しいコーヒーの国”、“ソンブレロとマラカスの国”といった明るいイメージ、あるいは“麻薬やゲリラの国”といったちょっとダークな印象を持っていらっしゃるかもしれません。カカオ生産国を旅するときは一人で街を歩くことも多いため、ことのほか治安情報に敏感になります。それはどこの国を旅しても同じことですが、実のところ今回のコロンビアには少し不安な気持ちを持っていました。随分と昔のことになりますが、良質カカオが眠るコロンビアとベネズエラの国境付近はゲリラの活動地域と重なる、なんて噂を耳にしたことがあったからです。
水面下で内戦が続いていると言われるコロンビア。でもその印象はこの国を半周して一変しました。首都ボゴタ(BOGOTA)は現在のウリベ大統領政権になってからことのほか治安改善に努めているようで、金融機関や国の重要機関が立ち並ぶ旧市街地には武装警察官や軍隊が常駐して、巡回や検問を行なっているためむしろ安全に過ごすことができます。美しい街並みを一人で歩いていても全く問題なく、この旧市街には大学も多いため賑やかな学生たちの笑い声が周りから聞こえてきました。
一歩ボゴタの郊外に出れば、のどかな田園風景やアンデス山系の勇姿が目の前に広がってきます。熱帯から高地まで様々な気候を併せ持つコロンビアは、沢山の緑、5,000m級の山の頂きに積もる万年雪、エメラルド色の海など、豊かな自然の色を感じることが出来ます。北部のカカオ生産地域にいたっては、目の前は美しいカリブ海、背後には熱帯樹林の緑の山に挟まれた、まるでパラダイスのような光景が広がります。そこには出国前に持っていた印象とはおおよそかけ離れた、コロンビアの壮大な光景が私の目の前に広がっていました。コロンビアはご存知の方も多いように、品質の高いコーヒー生産で有名な国。世界の20%近くを占めるスペシャリティーコーヒーの保有国で、コーヒー豆の生産量は世界の約10%(世界第3位)、実にその15%程度が現在日本市場に輸出されています。
標高の高さと日中夜の寒暖差、充分な日照と水はけが重要とされるアラビカ種の良質なコーヒー栽培において、アンデス山系を望むコロンビアは最適条件を保有しています。缶コーヒーの商品名にも使用された北部カリブ海側の「サンタ・マルタ」の他、東部のアンティオキア、南部のウイラなど、国中の山間の至る所でコーヒーが栽培されています。
そのコーヒー栽培と同じ山の裾野で、実はカカオも栽培されているというから驚きです。あまり知られていませんが、コロンビアにはスペイン王室の名で呼ばれる「レアル・カカオ(Royal Cacao)」があったと言われています。現在コロンビアで生産されているカカオ豆の多くは国内で消費されていますが、そんな中にも実はまだ市場に現れていない良質なカカオが眠っているのではないだろうかと思い、今回コロンビア人の友人たちとカカオを巡る旅に出ることを決めました。
農業に携わるコロンビア人が3人、彼らの友人であるアメリカ人が1名、それに私の5人。国際色豊かな「カカオハンター」達が巡る、これから出会うコロンビア・カカオの旅をしばらくお届けしたいと思います。
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前述のようにコロンビアはコーヒーの名産地。街中でも各所にコロンビアンコーヒーのカフェが見られますが、現地の人々の生活の中にはコーヒーだけでなくチョコレートが意外なほどに溶け込んでいます。
と言っても日本や欧米のような“板チョコレート”はスーパーの棚に殆ど並んでおりません。チョコレートとナッツを絡めた“チョコレートバー”やパフと合わせた“チョコレートスナック”、ビスケットの“チョコクリームサンド”はあっても、いわゆる“板チョコレート”は無いのです。コロンビアでチョコレートと言ったら、コラムVol.3、Vol.4やVol.26でご紹介したようなメキシコやグアテマラでも見かける「飲むチョコレート」のことを指します。スーパーでもチョコレート売り場には上から下までありとあらゆる「飲用チョコレート」がズラリ。カカオマスと砂糖を混ぜた固形タイプのシンプルなものから、ココアパウダーを使用した水や牛乳にすぐ溶ける(分散する)粉末状のもの、シナモン味、バニラ味、ファミリー用のジャンボサイズとそのラインナップは様々。
それらの原料となるカカオ豆は、一部は隣国エクアドルなどから輸入されているものの、その殆どは国内で生産されています。標高2640m(富士山の約7合目)の高さに位置する首都ボゴタにいると、年間を通して冷涼な気候のためにこの国が赤道付近に位置することを忘れてしまいがちですが、実際には南部を赤道が横断する熱帯の国。山の裾野や海岸線の低地では、バナナやマンゴーなどの南国フルーツとともに、様々な品種のカカオが栽培されているのです。
コロンビアのカカオ栽培のなかでも、主要地として有名なのが「サン・ビセンテ・デ・チュクリ(San Vicente de Chucuri)」(以下チュクリ)。首都ボゴタから北東へ、まずはコロンビア第5の町であるブカラマンガ(Bucaramanga)まで約6時間車を走らせ、そこから南西方向に向かって更に3時間弱、殆ど舗装のされていない山道を進んで行きます。ロス・コルバデル山裾野に位置する「チュクリ」へは、きついカーブのガタガタ道が延々と続くため、4WDの車でなければ中々前へ進むことが出来ません。ギュウギュウ詰めの車内では縮こまって座るのがやっと。カーブの度に右へ左へと身体が大きく振られ、激しい上下のバウンドが更に加わります。そんな状態が2時間位続きめまいのような酔いを覚えた頃、やっとのことでカカオの町「チュクリ」に到着しました。
ハードな山道ドライブで疲れきった私を癒してくれたのは、田舎町チュクリの優しい風景。小さな盆地はあたり一面が山に囲まれていて、心地良い空気が身体を包みます。日中は30℃を越える気温で太陽の光も燦燦と降り注ぎますが、カカオ栽培にしてはかなり高地の標高700m以上にあるため、いつもならカカオ生産地特有の肌にべた付くように感じる湿気が、いささか乾いて感じます。訪問者を歓迎する町の看板にはカカオの写真が鎮座し、食堂の壁にはカカオのデコレーションが貼り付けられ、小さなスーパーには地元のカカオで作られたお馴染み「飲むチョコレート」が並んでいます。ここはコロンビアの大きなチョコレートマーケットを支える、小さなカカオの町なのです。
■ ■ ■最初に訪問したのは「アプロカフルム(APROCAFRUM)」に所属するカカオ農家の皆さん。「アプロカフルム」とはチュクリの町でカカオ栽培に携わる2万以上の世帯のうち120世帯が加盟しているカカオ組合で、生産者の社会的援助などを目的に活動しています。
その一つに各農家が環境や労働者に配慮したカカオ生産が行えるよう、サポートする働きが挙げられます。例えば所属する120世帯のうち23世帯はこの組合のサポートにより国際的環境保護団体である「レインフォレスト・アライアンス」の認証を受けることに成功しました。カカオ栽培においてこの認証は、国際社会環境表示連盟が定める各種条件に沿って開発された“サステイナブル・アグリカルチャー・ネットワークの基準”に則した生産者にのみ与えられ、そのマークの使用が許可されます。つまりチュクリの場合、環境保全や労働者の社会的立場に配慮しながらカカオを生産する、一定基準を満たしたカカオ農園に与えられる認証であることを指します。
レインフォレスト・アライアンスの認証を受けることは非常に大変なことですが、その代わり認証を受けた生産者のカカオ豆には、取引時にプレミア価格が付加されます。同様のモデルケースとしては、コラムVol.36でご紹介したドミニカ共和国コナカド組合のカカオが近いシステムをとっておりますので、ご参考にして頂くと分かり易いかと思います(但しカカオ豆の乾燥までは各農家で行われます)。
この認証カカオ豆の場合、現地市場価格の10%がプレミアとして付与されます。これらの付与分は以前ご紹介したフェアトレードカカオのように、労働者の社会的援助や、環境整備の一環として使用されます。
これら23件の認証農家のうち、まずはセサールおじさまの「ブエノス・アイレス農園」を訪問しました。チュクリの町から更に上へと山を登った標高800mに位置するこの農園までは、ガタガタの山道をオフロードバイクで移動。乾いた山道の小石を飛ばしながら風の中を抜けていくと、次第に道辺に濃緑のカカオの葉が見えてきます。
カカオの町と言ってもチュクリは山間に位置するため、平地でのカカオ栽培は殆ど見られません。どこへ行っても山の中の急傾斜の土地に、陰木をかいくぐるようにカカオの木々が植えられています。ですからカカオの実を収穫する際はもちろんのこと、収穫した重いカカオの実を持って再び山を登る際も平地のカカオ栽培とは比べものにならない程の重労働が課せられるのです。
セサールさんの農園の場合、入り口から納屋のわきを通り抜けると、勾配のきつい斜面に沿って様々な色のカカオが現れます。オレンジ、黄色、濃紅、緑・・・、ここでは多彩な品種のカカオが栽培されていて、色彩豊かで鮮やかな実が陰木の隙間からこぼれる太陽の光を受けてキラキラと輝いているのです。そのカラフルな色だけでなく、1つひとつその実を割って香味をチェックしていくと、それが実に見事なことに驚かされます。甘く、青リンゴやグレープフルーツのような爽やかな香りを持つカカオ
白い花やライチを思わせる香りと、ほのかな甘酸っぱさを持つカカオ
酸味が強く、パッションフルーツやハーブのような鮮烈な香味のカカオ
カカオはその品種や環境条件など様々な要素が重なり、固有の香りと味わい(香味)が生まれます。個々の個性を知ることは美味しいチョコレートを作るうえで大事なことなのですが、どの国でもカカオ生産者が生でカカオの果肉を食することは少なく、自身でその果肉の味わいを比べたり、評価したりすることはあまり見られません。組合などによる加工センターが無い場合、通常収穫したカカオは中の果肉と種を取り出し、各農家で醗酵・乾燥を行った後にカカオ豆として仲介所で取引されてしまい、「チョコレート」として味わう機会もないまま手元を離れて行ってしまうのです。
それはここチュクリも例外ではなく、更に国内市場では甘い飲料チョコレートが主流のため、残念ながらカカオ豆に対して最終的に「チョコレート」の状態で評価されるアロマティックな香味を求める動きがまだまだ少ないのが現状です。カカオの個性にこだわって生産する必要性がチュクリでは今までは無く、こんなに沢山見られる品種も栽培条件に合わせた結果でしかなかったのです。
ですから私たち“カカオハンター”が何十個ものフレッシュカカオを食べ比べて、「蜜のような甘さ」、「花のような香り」、「まろやかで大粒の種」など個々のカカオの良さをじっくりと見出し品種と照らし合わせて評価する姿は、セサールおじさんにとって初めは不思議に見えたようです。それでも途中から興味深く思ったのか、一緒にカカオを食べ始め、その舌で個性の違いを比較し始めました。それまでは生産性の高さと病気への耐性、そして環境やともに働く人たちへの配慮が彼らにとって優先項目であったカカオ栽培。それが私たちとの出会いによって、品種ごとの香味の違いという新しい発見が加わったのです。
先進国のチョコレート生産者が求めるものと、原産国のカカオ生産者が求めるものにはいつも解決の難しい課題があるけれども、1つのカカオを皆で食べながら互いの意見を交換するうちに、自然と私たちの距離は縮まったように感じました。
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環境保全、生物多様性、あるいは労働者の社会的地位の向上への取り組みが認められ、こういった認証を生産者自身が得ることはとても大事なことです。更にそこに品質や品種への探求が加われば、コロンビアのカカオ市場は国際競争において今以上の大きな注目を集めることになるでしょう。
「レヒオナル(regional)」(スペイン語で“地方”の意味)と呼ばれる、古くから栽培されているカカオもまだこの地にはあります。名産エメラルドのように、コロンビアには味わいの原石がまだまだ眠っているのではないかと、1件目の農園訪問で俄にカカオハンター達の血が騒ぎ始めました。
2009/10/23
* サン・ビセンテ・デ・チュクリ(San Vicente de Chucuri)公式サイト(スペイン語)
http://www.sanvicentedechucuri-santander.gov.co/index.shtml
* レインフォレスト・アライアンス(RainForestAlianse)
http://www.rainforest-alliance.org/main.cfm?id=index_japanese






