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可可豆見聞録

Vol. 46 VIVAメヒコ!! 伝統のカカオ2009/06/06

Villahermosa(ビジャエルモッサ)の空港に降り立った瞬間、それまでいたメキシコシティーの空気とは明らかに違う熱帯の風が身体の周りにまと わりつきました。頭上の遥か上からは、夕方になっても弱まることの無い太陽の日差しが、じりじりと肌の芯まで照り付けるようです。

 

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 2年ぶりに訪れたカカオの産地「タバスコ州」は前回と同じ月にもかかわらず、暑さが強まっているような感じがしました。聞けば今年は南風が例年よりも吹き込んでいて、そのせいで気温が上がっているとか。持参した温度計をふと見てみると、数字は既に40℃を指していました。

 メキシコ行きを決めたのは去年のこと。10月の終わりにスペインとフランスを訪れると、気になっていたショコラトリーでメキシコ産のカカオを使った2産地のタブレット(板チョコレート)が新商品で登場していたことがきっかけでした。

 1つは既にカカオ業界では名の知れたメキシコ・タバスコ州・La Joya(ラ・ホヤ)農園の“白いカカオ豆”を使用したタブレット、もう1つはマヤやアステカの時代に良質なカカオが栽培されていたメキシコ南部“ソコヌスコ”地域のカカオ豆を使用したタブレットです。

  一口にメキシコのカカオ豆と言っても、カカオの品種や栽培されている土地が異なれば、当然出来上がるチョコレートの味わいも変わってきます。上記2産地の タブレットも同様で、同じカカオ%で仕上げられていてもその違いは味わいだけでなく、タブレットの色調にまで及んでいました。

  紀元前から歴史が根付き、その繁栄を誇っていたこの地のカカオは、栄枯盛衰の言葉のように近年においてカカオ市場のグローバル化が広がるにつれ、その第一 線から遠く退いた経緯があります。現在におけるメキシコのカカオ生産量は、世界の生産量から見ればわずか1%にも満たない程度。

 そのメキシコカカオが再びヨーロッパで脚光を浴びつつある背景には、ここ数年で変わってきた生産者と市場との関係が大きく関与しているのです。


■ ■ ■

 


 

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 コラムVol.29で お話しした2007年のメキシコカカオ産地を直撃した洪水は、今もその爪痕を残していました。タバスコ州の州都Villahermosaからカカオ農園へ 向かう途中、案内をしてくれたVicenteさんが幾つものカカオの木を指差し「ここまで浸水があった跡だ」と、教えてくれました。彼が指し示した部分か ら下には、浸水で多量に泥水が流れた痕跡がカカオの木に刻まれていました。

 

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 カカオの生産地では大雨により付近の川が氾濫し、その結果土壌が潤うプラス効果も見られますが、あまりに突然で多量の雨は マイナス効果をもたらすことの方が多いと言われています。実際この洪水によりタバスコ州は耕地面積の半分以上が水害にあったと伝えられており、カカオに関 してはこの洪水によるシーズンの収穫量減と、更にモニリア(Monilia)と呼ばれるカカオの病気の大きな追い討ちまで受けました。


  カカオ生産の厳しい現実に直面しているタバスコ州。石油の採掘が行われているこの州では、近年生産者のカカオ栽培離れが深刻な問題として挙がっています。 国内でのカカオ消費率の高いメキシコですが、このところ店舗数を伸ばしている大手スーパーでは地産のカカオを使用したチョコレートではなく、アメリカやチ リから輸入した“モダン”な流通チョコレートを取り扱う動きが顕著になってきています。


 洪水による農地被害、モニリアなどの病気の蔓延、乱昇降を繰り返すカカオ市場、国内チョコレート市場の変化、カカオより手間のかからない農作物栽培へのシフトなど、様々なマイナス要因が重なって、カカオ生産から離れる人たちが増えているのが現状です。

 

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そんなタバスコ州のカカオの中で、欧米から注目を集めているカカオがあります。米寿のお祝いを迎えるクララおばさまの農園 “La Joya”のカカオです。一見には他のメキシコカカオに似ている形をしながら、その中には希少な「白いカカオ種」が詰まっているクララおばさまのカカオ。 古くから栽培されているクリオロ種とは若干異なることから「ネオ・クリオロ(NEO CRIOLLO)」とも呼ばれています。


 「白いカカオ種」とはすなわち、チョコレートの渋味や苦味のもととなる“ポリフェノール成分”を含んでいないことを差します。いくつ割っても種の色は白、白、白。そのまま噛んでもちっとも苦くなく、甘い香りと周りの果肉の甘酸っぱい味わいだけが口の中に広がります。


  だからこのカカオ豆で作ったチョコレートはビターであっても“色が薄い”のが特徴。通常ならば濃茶あるいは黒茶に見えるはずのビターチョコが、良く見ると 赤茶の色をしているのです。チョコレートの味わいも苦さが無く、まるでカラメルのような甘さと、ナッツのような味わいを持ち合わせているのです。


  もともとはクララおばさんのお父さんがこのカカオを作り出したのですが、当時それは画期的であってもカカオ産業の世界から見ればまだまだ小さなものでし た。1980年から約10年かけてクララおばさんやご主人が努力をし、またカカオの専門家の指導が加わったことから、このカカオ豆はヨーロッパ市場に輸出 できるものへと急成長を遂げたそうです。

 

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 現在ではベルギーやフランスのショコラティエの他、冒頭でご紹介したスペインのショコラティエにもこのカカオ豆が広がっています。2007年にパリのサロン・ドュ・ショコラで紹介されたことも、この人気の波及の大きな引き金になったのでしょう。


  こういったことをきっかけに、ヨーロッパ市場を筆頭としてタバスコ州のカカオに対してこれまでとは違う見方が広がりつつあるのは確かなようです。それは生 産者の背中を後押しすることにも繋がるようで、実際に意欲のあるカカオ生産者の中ではこの地方に伝わる昔ながらのクリオロ・カカオを接木して守りながらそ の栽培を増やす人も出てきました。


 コラムVol.27でご紹介したVicenteさんもその一人。2年前にお会いしたときには既にクリオロの復興に意欲を見せていたVicenteさん。接木をして大切に育ててきた彼のクリオロ系カカオ達は、2年の時を経てついに収穫のシーズンを迎えていました。


 Vicenteさんのクリオロ系カカオは心地よい甘みと程良い旨みを持った味わい。彼の農園で栽培しているほかのカカオと比較すると、なるほど苦味や渋味のパンチではなく、カカオのまろやかでやさしい美味しさが広がってきます。


 それはまるで心からカカオを愛し、人々にカカオ栽培の素晴らしさを伝道する、彼の人柄を表したような味わいなのです。


■ ■ ■


 もう一つの生産地、タバスコ州より更に南に広がるチアパス州。この地域の基盤にはマヤ文明と深い繋がりがあり、紀元前後に栄えていた「イサパ(IZAPA)文明」があります。

 

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 グアテマラとの国境近く、イサパの村には当時の文明を物語る沢山の遺跡や石碑が今でもあちこちに点在しているのですが、驚 くことにこれらはカカオ農園に囲まれて鎮座しているといっても過言ではありません。特に“コブラ”と呼ばれる石碑はうっそうとしたカカオの木々を歩いてい かないと辿り着かないほど、カカオ農園の奥の方で佇んでいるのです。


 イサパ文明では、Vol.12でご紹介したマヤ文明の土器など当時のカカオについて語られたものを殆ど見かけませんが、2,000年も前の遺跡が今尚カカオの木々に囲まれている現実そのものが、この文明もマヤ同様カカオと密接な関係にあったことを物語っています。


 チアパス州は前回のコラムでご紹介したオアハカ州同様、マヤ民族の末裔であるインディヘナの人々が非常に多い地域。カカオ農園の多くも彼らが個々に所有していて、彼らの敷地の一角でマンゴーやレモン、バナナの木とともにカカオを栽培している姿をしばしば見かけます。


  インディヘナの人々のカカオは昔からこの地に栽培されていた品種が多く見られます。農業省などからは収量や希少性の高いカカオの「接木」を推奨されること もあるそうですが、文化や宗教的な概念も重なって、彼らはそこにあるカカオを大切に「繋いでいく」ことを選択しているそうです。

 

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 この昔ながらのチアパス州のカカオには、沢山の歴史が詰まっています。チアパス州の中でもこのイサパが位置する太平洋側は 「ソコヌスコ」といわれ、この地で栽培されたカカオはイサパ・マヤ・アステカの時代に貴族が口にし、16世紀のスペインによる侵略後は、スペイン王室に収 められていたカカオでした。


 スペインによる侵略後、それまで特権階級だけに与えられていた“チョコレート を飲む”行為が広く一般にまで広まったことにより、市場にはカカオ豆の供給量を確保するためにメキシコ産だけでなく、エクアドルやベネズエラからもカカオ がもたらされました。それでもソコヌスコのカカオは別格の扱いで「かの地のカカオが最もおいしい」と、スペイン王室にはこのカカオが特別に収められていま した。「CACAO REAL(カカオレアル:国王のカカオ)」、それは最上級の特別なカカオを差すものでした。


  ところがヨーロッパからメキシコへと次々と人の流入が起こり、その結果当地では疫病が流行し始めました。それはカカオ農園で働く人々にも大きなダメージと なり労働力の不足や農園の荒廃が徐々に浮き彫りになってきました。また近年カカオは主要生産地であった中南米から労働力の安いアフリカへと生産の母体が切 り替わり、それらによりソコヌスコのカカオも次第に衰退の道を辿ったのです。


 オアハカ州や地元チアパス州 のような国内カカオ消費地に支えられて彼らのカカオは残ったものの、時代の変化とともに生産者であるインディへナ(マヤ民族の末裔)の経済的立場も弱くな りました。もともとメキシコの先住民であったのは彼らの祖先ですが、今ではその地位が概して高いと言えないのが現状です。

 

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 そんな彼らのカカオがここに来てヨーロッパのマーケットへと飛び立ったのには、ヨーロッパからの支援が背景にあります。 10年ほど前より彼らの指導のもと、ソコヌスコの零細農家たちのカカオに一定の栽培基準や輸出基準などを設け、個性を保ちながらも統一化を図ったと語るの は、この地の農業エコロジーセンターに勤めるJoseさん。


 Joseさんの話では、ソコヌスコでは現在 1600世帯を超えるインディヘナを中心とした家族がオーガニック(有機)カカオを栽培する組合を組織し、古くからのカカオの栽培を規格に基づいて進めて いるとのこと。その結果、スペイン、フランス、オーストラリアにカカオを輸出する道が開けたそうです。それはインディヘナの零細農家がグローバルマーケッ トへと再び歩き始めた第1歩であり、長らく人々の記憶から離れていた「ソコヌスコのREAL CACAO」が市場に戻ってきたことを意味します。


 「ソコヌスコのカカオ」それは味わいや香りだけでなく、メキシカンカカオの長い歴史そのものも背負ったカカオでもあるのです。


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 ソコヌスコのJoseさんの家でお世話になったとき、彼の家族には本当に温かく迎えてもらえました。家の周りをカカオの 木、バナナの木、マンゴーの木、パイナップル、サトウキビが取り囲み、元気に遊びまわる6人の子供たちはお腹が空くと、庭で完熟した果実やサトウキビをお やつ代わりに口にします。外との境界の無い台所はニワトリ親子も土足で横断、木々の間をそよぐ風が心地よく家の中を吹き抜けていきます。


 ここでの人々の生活には物質に囲まれた豊かさとは離れた、自然の中で暮らす喜びがいつも自分の隣にあります。

 「本当の豊かさ」とは何なのか、Joseさん一家8人とともに夕飯後の自家製チョコレートを飲みながら、そう自分に問いかけるのでした。

2009/06/06

参考 BONNAT (JAPON):http://www.bonnat.co.jp/
CACAO SAMPAKA(JAPON):http://www.cacaosampaka.jp/home.html

 

 
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