- Vol. 36 アクアマリンの海風 カリブ・ドミニカ共和国22008/07/29
前回に続き、ドミニカ共和国のお話しを続ける前に、先日芽吹いた「バオバブ」の木についてお話し致しましょう。「バオバブ」はマダガスカルを中心に生息する熱帯の植物。星の王子様にも登場する、天に向かって手を広げているような形をしているあの木です。昨年の春に バオバブの苗を手に入れベランダで育てていたのですが、冬を迎える前に寒くなってきたのでカカオと一緒に室内栽培に切り替えていました。

はじめの頃は少しずつですが成長の兆しが見られたものの、このバオバブは予想以上に寒さに弱かったようで、寒さが増すごとに 元気が無くなり、年明けには全ての葉が落ちて枯れてしまいました。頼りのない細い幹一本になってしまったバオバブ。処分するもの忍びなく、何となく今春か らベランダに置いていたところ、天然の雨とバオバブ好みの真夏日のお陰で、8ヶ月ぶりに再び芽吹いてきました。
一度は枯れたかのように見えましたが、もともとカカオ以上に乾燥に強く水分を蓄える能力に長けているバオバブは、再び巡ってきた夏を喜ぶかのように、壁瑠璃の空に向かって濃緑の葉を広げ始めました。
それにしてもこのバオバブ、成長すると20mにまでなるとか。もしも屋根を超える背丈まで育つようなことがあれば、冬の室内栽培が出来なくなります。そうなる前にある程度大きくなったら、我が家のカカオと一緒に嫁入り先を考えなくてはなりません。
■ ■ ■さて話しは前回に続き、ドミニカ共和国のカカオに戻ります。
ワインやコーヒーのように、ある一つの国のカカオだけでチョコレートを作り、その個性や味わいを愉しむ趣向は、既に世界の流行になりつつあります。良質なドミニカ共和国のカカオもその一つ。

私がドミニカ共和国のカカオだけで作られたチョコレートを口にしたのは、今から5年程前だったでしょうか。現在 Dean&Deluca などで販売されている仏・Michel Cluizelの板チョコレートの中に、ドミニカ共和国「ロス・アンコネス農園」のカカオだけで仕立てられたカカオ農園限定の板チョコレートを見つけ、夢 中で食べた記憶があります。
2003年当時の日本にはドミニカ共和国のカカオはほとんど輸入されておら ず、当然その頃の私の舌の記憶にはドミニカ共和国のカカオというのは馴染みの薄いものでした。ですから初めてそれを口にしたときは、フルーティーさとスパ イシーなカカオの香り、力強い味わいが舌の上で交差する、他の代表的なカリブのカカオと異なる独特の印象を感じました。
5年たった現在では、各国からの輸入チョコだけでなく、国内メーカーもドミニカ共和国産カカオ仕立てのチョコレートを販売するまでに市場は広がっていま す。ドミニカ共和国産カカオの輸入量そのものも年々増加傾向にあり、最近では日本との主要取引貿易産品の中に“カカオ豆”の名を見る程です。
それでもドミニカ共和国と日本との取引はまだ始まったばかり。現市場での最大貿易相手にはアメリカとヨーロッパ諸国の名が挙げられます。特に、一部のチョ コレートメーカーに輸出されるカカオ豆の中には、農薬や化学肥料を使用しない有機栽培のものや、栽培する農民の支援を目的とするフェアトレードのものが見 られます。
例えば、アメリカでオーガニックチョコレートの製造を手がけるDAGOBA社のラインナップの一つ「CONACADO」 は、使用しているカカオ豆すべてがドミニカ共和国の有機栽培であり、且つフェアトレードされたもの。その印が有機栽培やフェアトレード機関の認証マークと して、チョコレートのパッケージに刻まれています。
ドミニカ共和国はもともとカカオの原産地(起源)では ありません。16世紀のスペインによるドミニカ共和国占拠後まもなく、メキシコのメキシコ湾側のカカオがこの地にもたらされたことが伝えられています。し かし、カカオ栽培は急速に発展することなく19世紀後半を迎えた頃、今度はベネズエラ、エクアドル、トリニダード・トバゴからカカオがもたらされ、更に 20世紀後半よりカカオ栽培の盛んな国として成長しました。前回のコラムで申し上げた通り、その生産量は現在世界第10位。第一次産品の輸出品目の中では 砂糖やコーヒーと共に重要な位置を占めています。

世界の10本指に入っていると聞くと、貿易が順調でカカオによる外貨獲得が伸張しているように感じられますが、そのカカオ を栽培するカカオ農民達の生活エリアはそんなイメージとは大きく異なり、インフラの整備がまだまだ進んでおらず、生活も決して豊かではないことがしばしば 見受けられます。農民とは離れたところで乱降下を繰り返すカカオ相場や、カカオ豆を安価で買い取る仲買人の介入によって農業収入の減少を余儀なく受けるこ とも事実です。またカリブ海を縦横断するハリケーンの脅威によって、カカオ栽培そのものが大きな被害を受けることもあります。例えば1998年に往来した ハリケーン「ホルヘ」のときは、それまで50,000tを生産していたカカオ農地の36%が被害に合い、その年から翌年の収穫は25,900tにまで落ち 込みました。
こういった不安定で十分な収益が見込めない農民達の連携やカカオ豆品質の向上、継続的自立支 援を目的として、ドミニカ共和国のカカオ協同組合「CONACADO(コナカド:Confederacion Nacional de Cacaocultores Dominicanos)」が1988年に設立されました。
今回幸運にも私はこのコナカドの生産地域を視察することが出来ましたので、現地の様子を交えながら、皆様にご紹介いたします。
■ ■ ■
コナカド訪問の最終連絡が取れたのは日本から中米に向かうアメリカでの乗り継ぎ空港のロビー。オンタイムでメールのやり取 りが出来たお陰で何とかアポイントの確約に辿り着けたのですが、果たしてドミニカ共和国まで足を運んで、本当に現地を訪問できるのか不安のまま飛行機に搭 乗。心配で寝ることも出来ず、結局寝不足と時差ぼけのままドミニカ共和国に入国しました。
そんな過度の興 奮と疲労でフラフラな私を迎えてくれたのは、マネージャーのアベルさん。ドミニカンダンディーで紳士なアベルさんの案内のもと、国内8つに分かれているコ ナカドのカカオブロック(生産地域)のうち、首都サント・ドミンゴから最も近いブロックを案内して頂きました。もともとドミニカ共和国の多くのカカオ農民は、個人所有の畑でカカオを栽培する小規模栽培を行っていました。作ったカカオ 豆は早く現金に換えるために、熟度や醗酵、乾燥が不十分でも仲買人に売り渡すことも。そんな当時のカカオ農民がカカオ豆売却時に手にしていた金額はカカオ 相場の72%程度。低迷時のカカオ相場における72%とは、カカオ栽培の継続そのものが厳しい数値を指します。
そんな状況の打開として生まれたのがカカオ協同組合のコナカド。個人単位で動いていたカカオ農家をまずは小さな組「アソシエーション」で取りまとめ、更に それを生産ブロックごとに集約する。熟度を見計らって収穫された各農家のカカオ果肉は、ブロック内の共同カカオ醗酵所・乾燥所で集中加工され、各国のチョ コレートメーカーにダイレクトに輸送されます。
集中加工で品質のバラツキを少なくしたり、海外から有機栽培の専門家を各ブロックに置き栽培指導を行っていることが、コナカドのカカオ豆の品質を一定にするポイント。個人単位では成しえなかったことが、農家間の連携を作ることにより品質の飛躍的な向上に繋がったのです。
1988年の創設当時の組合員(世帯)数は約1,500。それを3つのブロック(地域)に分けて生産管理を行っていましたが、20年を経た現在では約 9,000の組合員と8つのブロックにまで組合規模は広がっています。その背景には、コナカドには付加価値の高いカカオ栽培を支援するシステムがあるから です。
コナカドのカカオ豆の特徴は、その生産の90%以上が有機カカオであり、フェアトレードの認証を取得していること。
カカオ農民の多くは、通常のカカオ栽培から有機栽培へ切り替えた人達。もともと土壌は肥沃ですから化学肥料いらずで、高価 な農薬も使用している人は少なかったようですが、商業的な有機カカオであるためには、細かな規定に従い、認証を取得する必要性がありました。栽培の難しさ はあるものの、それでも彼らが有機農法へ切り替えた理由には、有機カカオの方が通常のカカオよりプレミア付で買い取られ、継続的に栽培支援が受けられるこ とに起因します。
既述のように、有機カカオとは3年以上化学合成農薬や化学肥料を使用しない畑で育てられたカカオであることが前提として挙げられます。
し かし、その詳細は有機認証団体によって定義が異なります。例えばドイツのDemeterでは天体運行(占星術)など生物学的自然農法(バイオダイナミッ ク)に基づいた、通常の有機農法(バイオロジック)より更に厳密に自然のリズムを農業に組み入れる定義がなされています。
Demeterの認証の場合、通常のカカオ畑からバイオダイナミックシステムの移行までに倍以上の時間を有します。このように定義の異なる有機認証やカカ オ豆のグレードを分けるため、各農家が持ち込む醗酵前のカカオ果肉集荷では、カカオの種類を分類化する必要があります。どの農民がどういったカカオを栽培 しているかは明確・緻密にリスト化されていて、入荷時には詳細のチェックを受けた上で初めて買い取りが成立するのです。
また、認証にはもう一種、フェアトレード認証も存在します。
フェアトレードのカカオとは、生産者とトレーダー(貿易業者、商社)、チョコレートメーカー間で公正な取引が行われたカカオを指します。コラムVol.32で お話した通り、FLO(Faire Trade Labeling Organization International)のように認証制度が系統的に整っていて、個々の商品に対してフェアトレード認証表示のあるものもあれば、取り扱い団体そのも のがフェアトレード認証されているために特定の商品には表示の無いものも有ります。
コナカドの場合1995年にFLOの認証を取得し、またオーガニック製品を取り扱うドイツのRAPUNZEL社が認定する公正取引「Hand in Hand基金」にも参画をしています。ですから彼らのカカオ豆を原料にフェアトレード精神に基づくチョコレートを製造すると、付加価値の高い“フェアチョ コ”として市場に参入することが可能となります。先にご紹介のアメリカDAGOBA社の「CONACADO」もその一つ。
FLO認証の場合、国際カカオ相場が1,600$/tを下回ったときには最低保障としてこの価格が適用されます。それは相場の急激な落ち込みに対しても 有効で、これによりカカオ農民の極端な困窮を防ぐことに繋がります。また現在のようにカカオ豆の価格が最低保障価格1,600$/tを上回っている場合 は、相場価格を基準とした取引の他に、150$/tのフェアトレードプレミアが加算されるのです。

このプレミア数字は一見少ないようにも聞こえますが、カカオの世界で1tにつき150$の保障は、農民にとって大きな金額 に価します。しかしこのフェアトレードプレミアは現金で直接カカオ農民に分配されるわけでなく、コナカドでは一旦本部に集められ、それをカカオ農民の栽培 支援・向上や生活支援のために利用されます。例えば右写真のようなカカオ栽培地域に供給するカカオ苗の栽培施設や、インフラ整備の整っていない農民居住地 域の水道施設の設立など。事実良質なカカオの生産や生活環境改善には沢山の資金が必要です。フェアトレードプレミアは主にそういった環境整備への投資金額 として扱われています。
ここでカカオの苗について補則を。「カカオ豆は種子である」ということを申し上げ ると、皆さんの中にはカカオの種をチョコレートにしないでそのまま植えれば、やがて芽が出て木が育つと思われる方がいらっしゃるかもしれません。ところ が、現在世界各国で栽培されているカカオの中には、病気に強いカカオや生産能力の高いカカオを栽培するため沢山の交配種が研究され、栽培に適用されていま す。
こういった数種のカカオの掛けあわせから生まれたカカオの種は、たとえ土に植えて芽が出たとしても、 必ずしも親木と同じ性質を示すとは限りません。もしかしたら病気に弱いかもしれないし、生産能力が低いかもしれない。ですから農民が新しいカカオを栽培す るには、同様の性質を持ち合わせるカカオを得るために、また新たに苗木を購入する必要が多々あります。
またカカオは他の果樹同様、成長能力の高い品種に、良質果実を身につける品種を「接木」して育てることがあります。コナカドでも同様の手法がとられていて、苗の段階で2種の品種を接木することが多く見られます。
こういった苗木の栽培、研究には資金と設備を要するもの。国によっては各国農業省のカカオ研究機関がこういったサービスを農民に提供していることがありますが、コナカドの場合にはFLOによる基金を元手に、組合内で苗木栽培の施設を保有しているのです。
■ ■ ■10年近く前に私が見た有機カカオは、味わいに不均一さが見られ、決して美味しいと手放しで評価出来るものではありませんでした。そのためか、私の中にしばらくの間は、有機カカオが美味しいという印象はありませんでした。
ところがコナカドは、中間業者の介在を必要としないチョコレートメーカーとの直接取引を行うことで、カカオ豆を購入する顧客(チョコレートメーカー)からの要望や技術指導が届くようになり、その結果品質向上の糸口になるものが沢山手に入るようになりました。
例えばカカオ果肉の醗酵技術は、それまで7日間かけて行っていたものが顧客の希望で5日間に短くなり、その結果カカオ豆の風味が向上したそうです。確かにこの地のカカオの品種と気候を考えれば、5日間は適切な所要日数に思われます。
そういった生産者と製造者、更に川下に広がる消費者とのダイレクトトレーディングが、こういったカカオ協同組合のカカオ豆の品質、彼らが作る有機やフェアトレードカカオの風味を大きく変えようとしています。
自然の摂理に基づいて栽培される有機カカオ。その背景にある農民の生活向上と自立、継続的なカカオ栽培を支援するフェアトレード。この付加価値が付いたチョコレートは、当然その価格も他のチョコレートと比較して高いものに位置づけされます。
チョコレートに何を求めるか?それは私たち消費者の選択に委ねられているのです。
2008/07/29
* CONACADO(英語/スペイン語/フランス語/ドイツ語他)http://conacado.com.do/
* DAGOBAhttp://www.dagobachocolate.jp/
* RPUNZEL(英語)http://www.rapunzel.com/
* FLOジャパンhttp://www.fairtrade-jp.org/
* Demeter(英語) http://www.demeter.net/






