- Vol. 16 風景の見えるショコラ2006/11/15
しばらくコラムをお休みし、秋のヨーロッパへと足を運びました。 この時期は寒さが一段と増して、パリでは露店の焼き栗屋が現れ始める季節。香ばしい香りが路上に立ち込め、茜色・木の葉色に染まった赴き深い秋の街に、温 かな美味しさを届けます。

木漏れ日が遠く差し込み、日が暮れ始めた頃にこの香りが恋しくなるのは、丁度日本で焼き芋屋さんの掛け声を聞きたくなるのと、どこか似ているような郷愁の意を覚えます。 この時期のパリと言えば、チョコレートファンにとっては嬉しい祭典“Salon du Chocolat Paris”が行われること。
今年も10月28日~11月1日の間に“Salon du Chocolat Paris 2006”(以下サロン・ド・ショコラ)が行われました。この模様については改めてお話しすることとして、今回はここで出会ったある新作のチョコレートをご紹介いたします。
毎年新作のボンボンショコラやタブレットが発表されるものも見所の一つのサロン・ド・ショコラで、今年個人的に注目したのは塩バターキャラメルで有名な“Le Roux”のタブレット「GOVIRO」でした。
Vol.9でご紹介した塩チョコ「EMBRUMS」が誕生したのが2004年。それから2年の月日を経て今回の塩チョコ「GOVIRO」が新たなラインナップに加わったのです。今度のチョコレートは何が違うかというと、カリカリに薄く焼き上げた小麦生地・クレープ・ダンテル(フィヤンティーヌ)と キャラメリゼしたアーモンド、フランス・ブルターニュ地方の天然塩フルール・ド・セルをチョコレートに混ぜ込んでいること。これまでの「EMBRUMS」 はカカオの香味とフルール・ド・セルの塩味と甘み、そして塩顆粒の粗い食感をシンプルに味わう、比較的口の中で単調なリズムのチョコレートだったことに対 して、今度の「GOVIRO」はもっと硬派なザクッとした食感を噛み締めるほどに、塩のしっかりとした塩味、そしてカカオの香味と酸味が広がる、食感と味 覚のリズムが上下するタブレットに仕上がっています。
チョコレートとクレープ・ダンテルの組み合わせは、ここ数年様々なチョコレート製品やパティスリー・ショコラトリーの商品で見られるようになりました。 パキッとした堅さと、なめらかに融けるチョコレートの口融けと、クレープ・ダンテルのサクサクした食感は、地域や年齢、性別を問わず日本人の琴線に触れる ものがあるのだと思います。
思い返せば幼いころ、ブルボン「ルマンド」のさくさくの食感が大好きで、食べ過ぎてよく怒られていたことが記憶にあります。クレープ・ダンテルのサクサ クは、まさにあの「ルマンド」の食感にピタリはまります。ご存知の方なら共感して頂けますでしょうか、あの止められない食感。それにキャラメリゼしたアー モンドも付いてくるとなると、食感マニアなら喉が鳴る組み合わせです。
今まで様々なクレープ・ダンテル入りのチョコレートを口にしてきましたが、ここまでガッツリと塩が入っていて、カカオが主張しているのは初めての体験。 ざっくりしていて、しょっぱくて、ほろ苦な印象は、一見不思議では有るけれども違和感のないアンサンブル。甘しょっぱさに食感の愉しさが加わることで、ま た違った塩チョコの表情が見える進化系のようにも感じられます。
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このチョコに名づけられた「GOVIRO」とは、“Le Roux”のお店の近くにある、海に突き出た場所の海岸名。もともと“Le Roux”はフランス・ブルターニュ地方の海に囲まれた半島“キブロン(QUIBERON)”に位置するお店。お店からは港が見え、ほんの1分程で海岸線 を散歩することも出来る立地。GOVIRO海岸周辺はこのキブロンの中でも“タラソテラピー”で有名なことでも知られている場所で、夏のバカンスシーズン には多くの観光客が訪れます。お店からは歩いて15分程度。店先からこの場所を、海を挟んで眺めることも出来ます。
GOVIRO海岸を少し離れたところから眺めると、野草が生える緑の絨毯と深い青色に続く海岸線の狭間に、静かに海を見つめ ている砂浜と岩場が見られます。「GOVIRO」は、その風景そのものを閉じ込めたと語るのは、他でもない創作者のル・ルー氏。なるほど、その風景を思い 浮かべて食べると、ブルターニュ・キブロンのカラリと晴れた空と、優しくも強く打ち付ける海の姿が見えてくるような気がします。またGOVIRO海岸には ブルターニュ様式の小さな家があって、その付近の岩礁がル・ルー氏にはオーブンから出した、狐色のパイ生地のように見えるそう。頭の中で、キャラメリゼし てパリパリに焼き上げられたパイ生地を創造すると、「GOVIRO」の美味しい食感とそれが、確かに一つに重なります。
前作の塩チョコ「EMBRUMS」がブルターニュの海しぶきであるならば、今回のチョコレートは沿岸の岸壁を打ち砕いて食べるような、そんな違いが備 わった印象。どちらのチョコレートもそれぞれの風景が詰まっていますが、何より美味しく感じるのはこの土地を愛する作り手の気持ちが詰まっているからかも しれません。

以前ご紹介したディジョンにあるファブリス・ジロット氏のチョコレート「Terroir de Bourgogne」にもそんな土地の風景や、地元への愛が多大に詰まっていたように思います。チョコレートのベールの中に隠されていたのは、ワインで有 名なブルゴーニュ地方の豊かな大地で実った、カシスやミュールの甘酸っぱさ。優しく仕上げられた美味しさには、目を閉じれば色とりどりの果樹畑が目の前に 広がるような、心休まるエレメントがたっぷりと詰まっています。
コンフィチュールで有名なクリスティーヌ・フェルベールさんの商品もしかり。チョコレートもさながら、女史を代表するコンフィチュールにはフランス・ア ルザス地方で採れた果物などを使用したものが多く、その土地の風土と季節、作り手のエスプリがたっぷり詰まっているのが魅力。
このお店のコンフィチュールは既にご存知の方も多いかと思いますが、今回ご紹介したいのはこちら、アルザスの地方菓子「ベラベッカ」をモチーフに創り出した、クリスマス用のコンフィチュール。
以前、フェルベールさんのお店で働いていた知人を訪ねていったときに、何故か私もそのままお店のお手伝いをして、そのお礼にと頂いたものです。出来立て でラベルも貼っていなかったので、今も商品名がわからないまま。瓶の中にはギッシリと詰められた沢山のフルーツ陣。プラム、レーズン、イチジク、チェ リー・・・ etc。隠し味のスパイスとの賑やかな饗宴は、小さくも暖かく立ち並ぶ、アルザスのクリスマス市のよう。
地方菓子からイメージを得ただけあって、郷愁を誘う、心和む素朴なアルザスの風景を思い出す美味しさです。そんな風景や背景の感じられるチョコレートやスイーツは、気候風土や作り手の創造力が豊かなフランスでは数多く見られますが、自分の感性に響くものに出 会う確率というのは、実のところそんなに高くないように思います。だからこそ、一回ごとの出会いを大切にして、美味しさの背景にある作り手のエスプリや風 景を探し出すのも、もう一つの愉しい、贅沢な食べ方と言えるでしょう。
■ ■ ■お話しをショコラに戻して言えば、それは生産地からの長い旅路を経たカカオが、ショコラティエによって更にエスプリの息を吹き込まれ、新たに生み出され るもの。必然的に存在する“カカオ”の影響で、副素材とのマリアージュやアンサンブルと言った“味の創造”を避けて通ることが出来ません。そういう意味で は、例えばコンフォチュールのように素材の味がダイレクトに伝わるものとは「表現」の仕方が若干異なっていて、もう少し複雑な要素が絡んでくるように思い ます。それがまたショコラの世界の難しさであり、表現する面白さであり、人々を魅了して止まない味わいの深さなのでしょう。

実のところ今回のこの記事、只今下書きをブルターニュのキブロンで書いています。皆様にこの潮風をお届けしたく、パリから約5時間をかけてこの土地まで やってきました。キブロンへはこれで4回目。何度足を運んでも、変わらぬブルターニュの海と風、美味しい塩バターキャラメルとチョコレートが迎えてくれま す。
こうやって久方ぶりに足を運ぶと、「変わらぬ風景と美味しさがある」という小さな幸せは、その土地を愛し、その店の味を愛する人々の大きな力によって、 長年支えられてきたことを改めて感じます。キブロンに限らず、地方に根付いているお店は、きっとどこもそうでしょう。そんな優しさのおすそ分けを、私たち も少し頂いてみようではありませんか。
Chocolatier Caramelier Le Roux
18. rue du Port-Maria 56170 Quiberon. FRANCE
TEL +33.(0)2.97.50.06.83
http://www.chocolatleroux.com/2006/11/15






