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可可豆見聞録

Vol. 15 アルプスを走る チョコレート・トレイン2006/09/23

 もう3年も前のことです。当時数ヶ月間ヨーロッパ・チョコレートの旅に出ていた私は、渡航の終盤にバカンスシーズンを迎え始めた、アルプスの山々が美しい「スイス」に立ち寄りました。

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 スイスと言えば、世界に名を轟かすチョコレート王国。
 一人当たりのチョコレート消費量は現在世界2位で、年間10.8kg。日本人は年間2.2kg(2004年)ですから、私たちの5倍近くのチョコレートを消費していることになります。
 マイルドで繊細な舌触り、加えて豊潤なミルクをたっぷりと使用するスイスチョコレートには、皆さんの中でもファンの方が沢山いらっしゃるのでは?ネスレ やリンツ、トブラーのチョコレートや、トイスチャ-のシャンパントリュフといったスイス代表のチョコレートたちは、今や日本市場でもすっかりお馴染みのブ ランドです。

 

 

 

 

  

 

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 さて、そんなスイスでバカンスシーズンに乗車したのが「チョコレート・トレイン」。レマン湖沿岸のMontreux(モントルー)駅からチーズの街Gruyere(グ リュイエール)駅で途中下車し、カイエ-ネスレのチョコレート工場のあるBroc(ブロ)駅を訪れる、期間限定(6月~10月)のバカンス列車です。観光 やチョコレート産業に力を入れているスイスらしく、カイエ-ネスレ社とゴールデンパス・サービス社が共同企画したもので、週3便、数組のバカンス客を乗せ てアルプスの山を走ってゆきます。

 

 

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 「チョコレート・トレイン」の名の通り、最終的なこの列車の目的はカイエ-ネスレ社のチョコレート工場見学。カイエ-ネスレ社のチョコレートの歴史から 製造工程、そして商品を存分に見てもらい、最後には味わってもらおうという、大変嬉しいプラン。途中にはチーズの街・グリュイエールもあるので、ここにも 立ち寄りチーズ工場を見学することもプランの中に組み込まれている、素敵な1DAYトリップです。

 

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 さて、そんなチョコレー・トレイン。こぢんまりとした僅か数両の車内に一足踏み入れば、中はモダンなプチヨーロッパ。1915年製のクラシカルな車内 は、床には絨毯が敷き詰められ、やさしい光のシャンデリアと座り心地の良い木製シートが乗客を迎えてくれます。もちろん全席1等席。このノスタルジックな 感覚は、列車ならでは。100年前にタイムスリップしたような、そんな感傷的な気分に浸れます。

 

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 2003年6月某日、朝9時34分。チョコレート・トレインはモントルー駅を発車し、ゆっくりとアルプスの山を登ってゆきます。眼下には青く佇むレマン湖が、その背景には国境を越えたフランスサイドのアルプス山脈が静寂の中で雄大に広がります。
 丘陵地が多いせいか登山列車のように登る勾配がかなりきつく、ものの5分もすると、あっという間にレマン湖を見下ろす高さに至っていました。一山登り終 えるとその後は山中を走りぬけ、初夏のアルプスの明るい緑の絨毯と、それを口にする沢山の牛達が目の前に広がってきます。途中小さな教会や山小屋が目に入 ると、気分はまさに「アルプスの少女ハイジ」です。

 

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 そんなハイジ気分で向かうカイエ-ネスレのチョコレート工場。ここにはチョコレートの王国・スイスの歴史が沢山詰まっています。 
 
c-15-06.jpg 途中グリュイエールに立ち寄り、14時35分、ようやくチョコレート工場のあるブロ駅に到着です。世界的に有名なカイエ-ネスレの工場があるとは思えな いほどの、かわいらしい小さな駅。プラットホームもあるのだか無いのだか。沿線の終点であるはずのこの駅は、線路の一部がそのまま工場まで伸びています。 きっと荷物の運搬用なのでしょう。その線路から少し離れた道を歩いて工場へと向かいます。

 カイエ-ネスレ・・・皆様の中には「ネスレ」は“キットカット”などで良く知っているけれど、「カイエ」はご存知無い方もいらっしゃるかもしれませんね。しかし、スイスのチョコレートを語る上でこの「カイエ」を外すことは到底出来ません。

 

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 19世紀初頭、ヨーロッパで産業革命を迎え始めたこの時期、殆どのチョコレート作りは未だ職人の手によりカカオの焙煎から練り粉状に挽くところまで、す べてが手作業で行なわれていました。当然スイスにもチョコレート工場と呼べるものは存在していなかったのですが、一人のスイス人が当時北イタリアでチョコ レート製造の勉強をしていました。その人が、カイエ社の創業者フランソワ・ルイ・カイエ氏。彼は北イタリア・トリノで勉強したチョコレート製造技術をスイ スに持ち帰り、1819年スイス・ジュネーブ近くのコルシエに自前の機械を導入して、スイス初のチョコレート工場を開設しました。つまり、近代スイスチョ コレートの扉は、カイエ氏によって開かれたのです。

 

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  その7年後の1826年には、フィリップ・スシャ-ル氏(現在のスシャール社の創業者)が同じく独自のチョコレート製造機械を開発し、スイス2番目の チョコレート工場を稼動。このとき、世界で初めての撹拌機(メランジャー)が使われ、チョコレートが更に一歩近代化の道を進んだのです。

 こうしてスイスのチョコレート産業が次々と花開く中、1867年スイス人化学者アンリ・ネスレ氏によって、世界で初めての「粉ミルク」の製造方法が発見 され、フランス・アルザス地方出身のダニエル・ペーター氏による、粉ミルクを使用した「ミルクチョコレート」が誕生しました。これが現代も続くミルクチョ コレートの元祖に当たります。カイエ氏のチョコレート工場創設から60年後の1879年のことです。

 従ってカイエ-ネスレ社の歴史には、スイスで最初の近代チョコレート産業を打ち出した歴史と、世界で初めて粉ミルクを作った歴史のそのどちらもが刻まれているのです。

 

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 ダニエル・ペーター氏がミルクチョコレートを開発した同年、同じくスイス人のルドルフ・リント(リンツ社の創業者)によりチョコレートを練り上げる技術 「コンキング法」が発明されました。わずか60年の間に起きたこれらの発明により、スイスチョコレートは舌触りの良いその食感と品質を飛躍的に伸ばし、瞬 く間に世界のチョコレートの頂点へと向かっていったのです。

 

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 カイエーネスレのチョコレート工場では、そんな興味深いスイスチョコレートの歴史から、チョコレートの作り方までのレクチャーを受けてから、工場見学へ と進みます。カイエ社のチョコレート工場内は、チョコレート製造に携わったものであれば、一目見て圧倒される大きさ。広大な敷地内には殆ど人が見られず、 最新鋭のチョコレート製造機械が幾つも設置されています。コンピューターによる管理なので、場内は機械音以外淡々とした空気が流れていて、一瞬チョコレー ト工場では無い様な雰囲気に囚われます。

 一通り場内を見終わり後半に差し掛かってくると、製造開始当時の古い器具やチョコレート型などが陳列されている部屋に案内されます。チョコレートの歴史 を良く知る人も、そうでない人も、この空間に入るとわずか200年足らずでチョコレート産業が急速に発展してきた「進化」を、実際に感じることが出来ま す。

 

 

 

  

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 そして最後はお待ち兼ねの試食タイム。スイスのミルクをたっぷり練り込んだ、豊潤な香りのミルクチョコレートや、ナッツやハチミツを使用した、バラエ ティー豊かなチョコレートが食べ放題。中にはこれが目的で来ていらっしゃる方もいるので、会場は甘いチョコレートを目の前に大盛り上がり。おいしい香りに 包まれて、このときばかりは全員スマイルです。
 それにしても、海外の方は年配の男性でもチョコレートが好きな方ばかり。あんなに食べて、あのポッコリお腹は大丈夫なのでしょうか?

 

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 いかがでしたか?スイスを走るチョコレート・トレイン。チーズで有名なグリュイエールの街に途中下車し、チーズ工場を見学するプランも組み込まれている ので、チョコとチーズの2大スイス特産品と、走馬灯のように過ぎていった近代スイスチョコレートの歴史を一度に味わうことが出来ます。

 チョコレート・トレインは来月も運行していますが、日本のバカンスは終わったばかり。次のバカンスまではまだまだ時間が有りますね。今からしっかり準備して、夏のアルプスに足を運んでスイスチョコレートに親しむのも、なかなか素敵ですよ。

 

* 詳しくはこちらまで。日本語の案内もございます。
ゴールデンパス・サービス http://www.mob.ch

 

 

 

 

2006/09/23

 
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