- Vol. 14 マヤ 神秘なるカカオを探して -Criolloという言葉の認識-2006/08/17
“テオブロマ・カカオ(Theobroma cacao)”
これは1753年に植物学者リンネによって名づけられた、カカオの学名です。
最近では広く知られるようになりましたが、カカオ以外のテオブロマ属は、一般的には殆ど知られていないように思います。テオブロマ属には20を超える種があると言われていますが、20世紀に植物学者クアトレカサスが発表したこの再分類によれば、22種6つの亜族に大別されます。
*1 Mocamboは地域によってBacaeとも呼ばれる。この実を「パタシュテ」と呼ぶ。
*2 Cacauは地域によってSasha(ペルー)、Chocolatillo(ボリビア)などと呼ばれる。
*3 スペイン語、ポルトガル語などによって異なる様々な呼び名を持つ。
* Theobroma属で食用となるのはcacao種とbicolor種のみと紹介している資料もある。
* Siat ・Theobroma species参考
その中で、あるひとつのテオブロマ属に今回は出会うことが出来ました。
その名も「テオブロマ・ビコロール(Theobroma bicolor)」。メキシコ南部から南米ブラジルやボリビアの各地に見られる熱帯性の植物で、同じテオブロマ属である点からするとカカオの親戚のような 存在です。その実は「パタシュテ」と呼ばれ、クリオロ種のような白い果肉とナッツのような風味を持ちます。実際に生の種子を割ると、断面からほんのり甘い 香り。アーモンドのような扁平な形状を有していてカカオ豆の断面とも異なるので、良く見ればそれと異なるとわかるのですが、注力しないと乾燥後のカカオ豆 と見間違う可能性も否定できません。もともとマヤの時代には、カカオのように焙煎してチョコレートに混ぜられていた「パタシュテ」。当時としては、高価なカカオ豆の代用品としての存在だったことが伝えられていて、今でもその名残があることは一部の資料で語られています。
旅の道中、クリオロ種について「判別の目印は、カカオ種子の断面が白いこと」と何度もそのことを村の人たちに伝えたため、「白いものなら有るよ」と持っ てきたのがこの「パタシュテ」でした。その実を割って白い種子が出て来た感動の瞬間。「クリオロだ!!」と驚愕の声を挙げたのも束の間、次第に頭の中に疑 問符が飛び交いました。

よくよく話を聞けば、これは「パタシュテ」だと説明しているではありませんか。“そんな、カカオで無ければ・・・”と落胆している私に、「チョコレート の歴史に出ていたパタシュテじゃない?マヤの時代にカカオと混ぜられていた。」と、目のさめるような一言をかけてくれたのは通訳の真幸さんでした。記憶の 中の「パタシュテ」は資料の中だけで出会った存在だったので、突然現れたこのテオブロマファミリーは予定外の賓客。物珍しげに手にとってあれこれ眺めてみ ました。香り、色、大きさ・・・etc。確かにカカオと混ぜてチョコレートに入れたら美味しそうな、良い香りです。
ちなみにパタシュテの木(テオブロマ・ビコロール)は同じテオブロマ属でもカカオとは幾分違う木のかたち。背も少し高めで、葉もカカオより大きくて丸みを帯びています。
旅の途中のもうひとつの発見のような「パタシュテ」との出会い。白い種子はクリオロ種のカカオでは無かったものの、隠れたマヤチョコレートの歴史に少し触れたような、思わぬ得をした気分です。
ちなみに後から聞いた話では、「パタシュテ」を炒ったものはナッツ同様ポリポリと食すこともあるようです。いつかもう一度この地を訪れたならば、そのときは私もこの実の恩恵を受けてみたいものです。
■ ■ ■それにしても困ったのは、「クリオロ(Criollo)」という言葉。
これはスペイン語で“土着の”という意味を表すのですが、どうやらこの地ではこの土地特有の「土着」の解釈がなされているようです。旅の始めから、最後までその問題は付いて回りました。
通常「クリオロ種のカカオ」と言えば、チョコレート業界では“カカオの原種”(実際はその変種)とも呼ばれる、白い種子と芳醇な味と香りを持つカカオの ことを指します。収穫量が少なく、病害虫にも弱いので、現在世界的な生産量は10%以下とも言われている希少価値の高いカカオです。
そんなクリオロ種についてこの地で聞くと、「クリオロならここにあるよ」との返事が返ってきます。そんなに簡単に実っているもの?と半信半疑でカカオを 確認させてもらうと、外観も何だか怪しく、種子は紫色。予想の範疇では「フォラステロ種」、もしくはその遺伝子の交じったものなのです。一体これはどういうこと??どうやらスペイン語を話すこの地では、「クリオロ」とは“昔からある”という意味も指すようで、それがどのくらい前を指して いるのか不明であっても「以前からある、改良などを加えていない自然体のカカオ」を表すようなのです。ですから仮に「フォラステロ種」のカカオが200年 くらい前からあるとしても、どうやらそれも「クリオロ」に値するのです。一寸驚きですが、これがこの地のカカオ生産者の「クリオロ」の定義なのです。植物学的には「クリオロ種」と「フォラステロ種」のカカオは異なります。
南米アマゾン川流域原産と言われる「フォラステロ種」のカカオは、先のTheobroma Cacaoの中でも亜種のTheobroma cacao Sphaerocarpumに分類されます。
上記のように植物学的には「クリオロ種」と「フォラステロ種」は区分されており、置き代わることは有り得ないのですが、言語上ではフォラステロ種が「ク リオロ」と呼ばれる現象が見られるのです。カカオの長い歴史が根付いている地域だけに、こんな事態が起こっているのかもしれません。そういったことから、 この地で「クリオロ」という言葉を使うときには細心の注意を払い、必ず確認しなくてはなりません。
「クリオロ種」「フォラステロ種」の呼び名は、19世紀後半にジャマイカのモリスによって付けられたようですが、このときもっと分かりやすい呼び名を付けていればこんな混乱はおこらなかったかも知れません。
さて、こうやってこれまでの話しを辿っていくと、まるで今回の旅ではマヤ・カカオの遺伝子を持つクリオロ種が見つからなかったかのように思われるかもしれませんが、一筋の光は幸運にも見つけることが出来ました。

S村とここではご紹介しましょう。既にカカオのシーズンが終わっていたS村で、収穫したカカオ豆を幾つも幾つもカットしていくと、醗酵で黒紫色に変わったカカオ豆の中に、本当に稀ではあるけれども、色の薄い、あるいは白みを帯びたカカオ豆が現れてきたのです。

豆の風味を確認するため、キリグア村に戻った後に早速手作りでチョコレートに仕立てました。豆の風味を生かすために、釜戸で低温長時間の焙煎。焼きた て・挽きたてのカカオからはいつもと少し違った香りが。そしてチョコレートにして飲んでみると、キリグアのカカオには見られない、ほんのりフルーティーな 酸味と心地よい苦味が感じられるのです。探していたものが、かすかに含まれている風味。
それを口に出来たことで、ここまでの道のりが決して無駄ではなかったことが、やっとかたちになって現れたのです。■ ■ ■
私と真幸さんは、今回訪問した村では初めての日本人だと言われました。しかし幾つかの地域では既に、ヨーロッパやアメリカによるカカオ生産支援が行われ ていました。生産者にカカオ栽培の指導をして生産量を上げる工夫や、個性を生かした良質なカカオ豆を作る指導を彼らは現地で実際に手助けしているのです。 裏を返せば、これだけの歴史が有る国で、その術を彼らは持ち合わせていなかったことになります。
S村のカカオ豆もそうです。元来醗酵の概念を持たなかったこの村に、欧米の技術者は様々な指導を施しているのです。S村のカカオ豆はあと一歩改良すれば国際市場に登場できるカカオ豆になるかも知れない。大規模では無いにしても、チョコレート先進国がこの時点で日本とは違うことを目の当たりにして、実のところ大きなカルチャーショックを受けました。これ が良質なカカオ作りへの投資、あるいはカカオ生産国への敬意、排他的生活を強いられたマヤの人々への援助であるならば、私たちも見習うべきでは無いだろう か、そんな考えが頭から離れません。

マヤの人々が住む隣国ベリーズでは、イギリスの「Green & Black's」によるフェアトレードプロジェクトが進められています。正当な価格で取引されるフェアトレードによって、とうもろこしや豆を作っていたマ ヤ農夫がカカオ栽培に回帰し、そのカカオ豆が現在イギリスでチョコレートに製品化されているのです。
コーヒーにおいて、グアテマラは日本にとって重要なビジネスパートナーです。元は外来植物であったコーヒーの栽培。それが19世紀後半のグアテマラ政府挙げての生産改革に特化した結果、良質なコーヒー豆は今日の日本企業の商品にまで使用されるようになりました。
カカオはどうでしょう?これだけの歴史有るカカオ産業の復興は、隣国ベリーズのように再び蘇る日が来るのでしょうか?-今は眠っている、可能性有るカカオは存在する-
ここにはマヤ独特の精神も障壁も存在します。様々な問題も山済みの状態。
そういったことからも、この地のカカオが世に出るまでにはまだ当分時間が必要です。旅の始まりに残した自問も、未だ解決しないまま。
それならば更なる追求を目指して、もう一度この地を訪れようではありませんか。2006/08/17
*現在グアテマラ在住の知人の協力を得て、少しずつですが本調査が進められています。






