- Vol. 10 赤道を越えて マダガスカル -バニラ編-2006/04/24
丁度梅の季節が終わり、薄桃色の桜が咲き出した頃、私は日本を離れ南半球へと向かいました。今回訪問したのはマダガスカル。マガダスカルの友人がチョコレートのサプライズ企画を立ち上げるということで、その手伝いも兼ね、以前から興味のあったこの国を訪ねることになりました。
それに合わせ、この国でバニラビジネス、カカオビジネスに携わる別の友人たちが、それぞれの農園巡りも合わせて企画してくれたので、幸運にも、マダガスカルの北側をぐるりと一周することになりました。
通称「マダガスカル」、正式には「マダガスカル共和国」。1992年に今の国名となったこの国には、現在約1700万人の人々が暮らしています。国土面 積は日本の1.6倍。北部は南緯12度、南部は25度以上と縦に長い地形には、様々な気候が存在し、カカオの育つ熱帯気候の地域もあれば、乾燥した風の吹 く地域、常夏気候の地域も有ります。

マダガスカルは「アジア地域」とも「アフリカ地域」とも呼ばれることがあり、実際にはどちらなのか疑問に思っておりましたが、現地の友人に聞いたとこ ろ、遥か昔はアフリカ大陸の一部であったことや、現在の文化や習慣などから総合的に判断すると、「アフリカ」に区分するのだろうとの答えが返ってきまし た。マダガスカルに住む、大部分の人々がそう考えているそうです。ただ、人種や宗教は様々。私の友人・知人はインド人系、フランス人系ですが、アフリカ人 系、インドネシア人系の方も目にします。最も、一番目にするのは現地マダガスカル人(定義はよく判りませんが)の方々です。宗教も、カトリック、プロテス タント、仏教、イスラム、・・・地方へ行くと独自のものも存在するようです。
この国ではフランス語とマダガスカル語が公用語になっていますが、私は挨拶に関してはマダガスカル語を覚えて使うようにしていました。というのも、身の 回りのお世話をして下さった方、農場で会う作業員の方々の多くは、マダガスカル語のみの方が大多数だったからです。「ボンジュール(フランス語のこんにち は)」と「マナウナトゥップク(マダガスカル語のこんにちは)」では、気持ちの伝わり方が違うような気がします。
様々なことが異なる南半球の島・マダガスカルの滞在は、今回2回に分けてお伝えしようと思っています。まず始めはマダガスカルの特産品・バニラの話と、 次にカカオの話です。随所に現地の情報や写真も交えてご紹介致しますので、カカオ生産国の素朴な風景を感じて頂けると嬉しいです。
■ ■ ■さて、まずはマダガスカルまでのフライトからスタートです。
残念ながらマダガスカルへは、日本からの直行便は有りません。今回の場合、まず成田からタイ・バンコクへ入り、それから航空機を乗り換えてバンコクから マダガスカルの首都・アンタナナリボ(通称タナ)に入りました。成田-バンコク間が空路で6時間、バンコク-アンタナナリボ間が9時間ですから、単純計算 で15時間になります。バンコク発は夜中の1時、アンタナナリボ着が朝の5時台ですので、中々ハードなフライトです。ちなみにバンコクまではタイ航空、シ ンガポール航空、JAL、ANAなどなど、様々な路線が乗り入れていますが、バンコクからはマダガスカル航空のみになります。しかも週2便ですので、乗り 遅れると大変です。

空港に着いて早々に友人宅へ向かったのですが、道中初めて目にする風景が飛び込んできました。「ゼブュ」と呼ばれるマダガスカル牛が道路を歩いているこ と、頭に何かを載せて歩いている人が多いこと、そして土が赤いこと。マダガスカルの大地は、本当に赤い色をしています。よく、マダガスカルのカカオにはベ リー系の風味があると表現することが有るのですが、そんなことを思い出させるような、赤い大地でした。都市部から地方へ場所を移すと、この赤色は更に深み を増すようです。
到着した翌日からは、早速バニラとカカオを巡る、マダガスカル北部の旅に出ました。

再びマダガスカル航空の飛行機に乗り込み、一路北東へ。青く光る海と、奥深い緑の海を越えること約2時間、海岸線の町サンバヴァ(SANBAVA)に到着しました。
標高が高く、これから冬を迎える肌寒いアンタナナリボと異なり、ここサンバヴァは常夏の気候。日本の夏を思わせるような、少し湿った空気と、眩しい太陽、キラキラと光るインド洋を望む砂浜の周りに、沢山のココヤシの姿が見られます。
今回最初に訪れたのは、「Vanille Mad」。日本とも縁のあるマダガスカルバニラの生産者で、プランテーション(農園)栽培から、加工までを一連で行っているため、ここに来ればバニラのすべてがわかります。
一歩敷地に足を踏み入れると、あま~いバニラの香り、更に工場に潜入すると、より強い香りに変わります。工場の外はトロケそうな甘い香りですが、工場内 はバニラエッセンスに浸っているような気分です。あまりの香りの強さに、毎日働いている方でも“バニラ酔い”する時があるそうです。チョコ屋の工場でも “チョコ酔い”する人が時々いますが、バニラでもそんなことがあるのですね。とにかく慣れていないと鼻の中が甘くて、麻痺しそうです。
さて、皆さんがご存知のバニラは、きっと黒く細長くて、先がクルンと丸まっているものでは有りませんか?私もここに来るまでは、それしか知りませんでした。あの黒色はバニラ加工の最終形の色で、生バニラの状態では緑色の野菜のような形をしています。
その緑のバニラが育つまでを勉強して参りましたので、簡単にご紹介いたします。
第1工程 植苗(planter de vanille)
プランテーション(農園)ではバニラの木を栽培して、実を収穫するため、まずその準備を行います。
バニラの木はラン科の植物で、ツタ状に伸びて行くため、バニラの茎(苗)を添え木となる木の根元に植えて、ツタを絡めながら育てます。始めのうちは茎を軽く添え木に固定し、安定させる必要があります。第2工程 開花、人工授粉(polinisation
la main)
バニラの茎を植えてから3年もすると、花が咲き始めます。花が咲くと今度は授粉の工程を経て、バニラ莢が実ります。マダガスカルバニラ(ブルボンバニ ラ)の起源であるメキシコのバニラの花は、ハチドリによって自然授粉するそうですが、プランテーションの場合はそういった授粉媒体者が居ないため、ひとつ ひとつの花に、人の手によって人工授粉をします。開花したら直ぐに授粉。バニラの花は朝咲くそうで、この時期になると、スタッフが毎朝総出で授粉作業を行 うそうです。広大なプランテーションの中で個々の花に人工授粉するとは、何とも気の遠くなるような作業です。残念ながらこの時期は花のシーズン (11~12月)ではないので、白くてかわいいバニラの花を見ることは出来ませんでした。
第3工程 収穫 (r
colte)バニラの花の授粉が成功すると、バニラ莢が実ります。
一房・・・という表現でいいのかわかりませんが、ある程度ゴソッとまとまって実るようです。私も初めて目にしたのですが、何だか大きなインゲン豆やス ナップエンドウを見ているような印象です。写真のバニラは約17㎝で太めの良物。この時点でバニラには80%もの水分が含まれているので、皆さんご存知の 黒色のバニラスティックを1kg作るのに、この緑色のフレッシュバニラ莢が6㎏必要となります。ここまでが緑色のバニラ莢が出来るまで。バニラの茎を植えて花が咲くまで約3年、花が咲いて授粉をしてから収穫までが約半年。日本では良く桃栗3年といいますが、バニラも仲間に入れてあげたいような、そんな気分になります。
■ ■ ■さて、次に勉強したのが収穫したバニラ莢の加工です。バニラ生産の腕の見せ所と言っても過言は無いでしょう。ここからは、プランテーションで収穫したバニラ莢を工場へ搬送し、工場内で黒いバニラへと加工を施します。
第1工程 釜茹(echadage)
緑のバニラ莢を専用の大きなかごに入れ、60~70℃の湯に2~3分くぐらせます。工場の裏手にはこの加工フロアが有り、茹で釜が二つ、もくもくと湯気を上げていました。バニラ莢がとても気持ち良さそうに入浴するのですが、この時点ではあの甘い香りは有りません。第2工程 蒸熱、醗酵(etuvage)
お風呂に入ったバニラ莢を、今度はサウナに入れてあげます。余熱のあるバニラ莢を布で包み、それを木製の小さな箱の中に入れて寝かせ、24~48時間の 醗酵を促すという作業です。同時に余分な水分も除去していきます。この時点で緑色だったバニラ莢は、黄色、オレンジ色に変化します。第3工程 乾燥(s
chage)
第2工程を経たバニラ莢をラックに積み、天日で1日2~3時間の乾燥を2~3週間行い、更に日陰で3週間~1ヶ月乾燥させながら、ゆっくりとバニラの香りを引き出していきます。
徐々にオレンジの色調は、赤、栗色、黒と深みを増していきます。上質なバニラを作るうえで、時間をかけた天然乾燥は不可欠のようで、きっちり仕上がったものは触ってみると、芯はしっかりしているのにやわらかで、ふっくらした厚みと光沢のある艶が感じ取れます。

第4工程 選別(triage)
サイズ、色など詳細の規格に合わせてバニラ莢の選別が行われます。
サイズは14cm以下、14-17cm、17cm以上の3規定で、大きくなるほど高級品。また色調と乾燥状態によってA~Cのグレードに分かれ、艶のあ る黒色は、更にその上にランクされます。ちなみにマダガスカルでのこの規格が、世界のバニラ標準規格になっているそうです。
選別後は一束毎に束ねられます。ここに至るまで、すべてが手作業。本当に大変なことですし、些細な条件の変化で、香りが損なわれてしまいます。
「バニラ」と聞くと、まず始めに黒い細長いバニラスティックを思い出しますが、実は他にも商品があります。今回こちらで初めて知ったのが「キュット (cut)」。バニラスティックの先端が裂けたもので、インドネシアのバニラなどに良く見られるそうです。バニラスティックの束のように、端正な形では有 りませんが、バニラの主要芳香成分である「バニリン」量が多く、とても甘く、力強い香りがします。バニラのエッセンシャルオイルなど、様々な需要があると のこと。
もうひとつが「バニラビーンズパウダー」。バニラスティックの中に含まれるバニラビーンズを、丹念に篩い集めたものです。これが驚くほど根気のいる作 業。ごみなどが入らないように集中しながら、バニラビーンズを丁寧に篩っていきます。お菓子を作られた方ならご存知かもしれませんが、バニラスティック1 本から取れるバニラビーンズの量は極僅か。これを容器一杯になるまで少しずつ篩い集めるのですから、大変なことです。バニラビーンズパウダーが高価なの も、これで納得です。
■ ■ ■お菓子作りに欠かせないバニラ。もちろん、チョコレートとも密接な関係を持っていて、その歴史は遥か16世紀にまで遡ります。かつてヨーロッパの富豪達が愛したチョコレートには、バニラは無くてはならないスパイスのひとつだったと伝えられています。
チョコレートに限らず、バニラとは、シンプルな素材の風味に輝きを添える、いわば宝石のような存在です。手間隙かけて作られるこの黒い宝石を、今回はそ の原石にまで立ち返って、ご紹介したことになります。原石をどうやってデザインして、どんな衣装と合わせるか。衣装をチョコレートやケーキに例えれば、バ ニラを用いて作る「スイーツ」の面白さと難しさが、自ずと見えてくるような気がします。
今回ご紹介した「Vanille Mad」のバニラは、とてもクオリティーが高く、世界各国で使用されています。日本とも繋がりがあるので、もしかすると皆さんが召し上がっている「スイー ツ」にも登場しているかもしれませんね。チョコレート、プリン、シュークリームなどなど、バニラが影で支えているものは、身の回りに沢山有ります。
知らない間に触れていたマダガスカル。だけど知らなかったマダガスカル。では最後に、バニラプランテーションで働くおじさまの素敵な笑顔と、サンバヴァの美しい景色をお届けします。本当においしい素材は、作り手と自然の「やさしさ」から、生まれてくるのかもしれませんね。
次回はサンバヴァを離れ、いよいよカカオ農園へと向かいます。なかなかお目にかかれない、とても美しいカカオ農園です。お楽しみに。
2006/04/24
* 富澤商店直営店やオンラインショップでは、各種バニラ・マダガスカル産カカオの原料クーベルチュールを購入することが可能です。






